4つ星の酒場


★ 第一話 『何気ない日常』 ★


からんころん

アンジェリカ 「いらっしゃいませー…あ、サフランちゃん☆」

サフラン 「やっほー」

マスター 「いらっしゃい、サフラン」

サフラン 「ありりゃ?今日の客はまだボクだけ?」

アンジェリカ 「そーなのー。やっぱり大雪だからみんな来ないのよねぇ」

マスター 「まったく、商売あがったりだ。」

アンジェリカ 「そんなわけでサフランちゃん、10人前は注文してね」

サフラン 「無茶言わないでよ……。
 ボクそんなに食べられないよ。
 女の子だもん。」

アンジェリカ 「そーねー、じゃあ妥協して7人前っ!」

サフラン 「アンジェ、だからボクそんなに食べられないってば」

アンジェリカ 「わかったわ、じゃあ15人前っ!これでどお?」

サフラン 「……増えてない?」

アンジェリカ 「あ、わかったぁ?てへっ☆」

サフラン 「…………じとーっ。」

アンジェリカ 「んもぅ、そんなに見つめないで……恥ずかしい☆」

サフラン 「見つめているんじゃないのっ!ボクは白い目で見てるのっ!」

アンジェリカ 「んもぅ、照れ屋さんねぇ☆」

サフラン 「……もぅいい。
 わかったからアンジェ、
 とにかくボクにはいつもの飲み物だけちょうだいよ。」

アンジェリカ 「マスター、チーズピザ17枚にいつものサフランちゃん用ドリンクーっ!」

サフラン 「ボクはピザなんか頼んでないーーーっ!」


 ・・・・・・

アンジェリカ 「はい、いつものドリンクね。」

サフラン 「ふぅ。
 よかった。
 本当にピザが出てきたらどうしようかと思っちゃった。」

アンジェリカ 「食べたい?」

サフラン 「いらない。」


からんころん

アンジェリカ 「いらっしゃいませー☆」

マスター 「いらっしゃい、ラルフ」

ラルフ 「いやー、今日もダメだったよ。」

サフラン 「どしたの?」

ラルフ 「いやー、生きている内に故郷に一度は帰りたいなと思ってな、
 今朝も故郷目指して歩き出したんだが、
 気がついたらまたこの町に戻っておった。」

サフラン 「……今朝『も』ってことは……ひょっとして……」

アンジェリカ 「ラルフお爺さん、歩いていこうとするからダメなのよ」

サフラン 「あ、ボクも同感。」

アンジェリカ 「走っていけばいいのよ。」

サフラン 「……いや、それはボク違うと思うなぁ……」

ラルフ 「そうか、走ればいいのかもしれんなぁ。
 よし、思い立ったが吉日。
 早速行って来るぞっ!」


からんころん

サフラン 「ラルフおじいちゃんー!?」

アンジェリカ 「無事にたどり着くといーねー☆」

サフラン 「……ボク、無理だと思う。」

アンジェリカ 「あら?どうして、サフランちゃん?」

サフラン 「歩いてだめなら走ればいいっていう問題じゃない気がするんだけど」

アンジェリカ 「やっぱりほふく前進が一番確実だったかしら?」

サフラン 「あの、だからボクが言いたいのはそういう事じゃなくて……」


からんころん

アンジェリカ 「あら、ウィノナ、いらっしゃい☆」

ウィノナ 「ねぇ、今そこでラルフの爺とすれ違ったけど、何かあったの?走ってたわよ?」

サフラン 「実は……」

アンジェリカ 「サフランちゃんがねー、」

サフラン 「ボク何もしてないよぉっ!」

ウィノナ 「サフラン、ダメよからかったら。あの爺ったら天然ボケなんだから」

サフラン 「……ウィノ、密かに凄いこと言ってる。」

アンジェリカ 「でも、もとから天然ボケだと、歳いってからボケる心配ないから安心よねぇ☆」

サフラン 「そーゆー問題とは違う気がするんだけどなあ、ボク。」

ウィノナ 「アンジェ、この中にもう一人天然ボケがいるって気づいてる?」

アンジェリカ 「サフランちゃんも?」

サフラン 「ボクは違うよぉっ!」

アンジェリカ 「わかった、今日は来ていないけど、カールさんでしょ?」

ウィノナ 「……重傷ね。」

サフラン 「……うん。」

アンジェリカ 「あ、わかった、やっぱり今日いないけどフィルさん?それとも……」


 ・・・・・・

サフラン 「大雪の日ってほとんど客が来ないねぇ」

マスター 「まったくだ。ま、仕方有るまい。」

ウィノナ 「この店と同じ界隈に住む私とサフランぐらいよね、こんな大雪の日でも来るのは。」

アンジェリカ 「あとラルフさんね。」

ウィノナ 「あの爺は例外よ。」

サフラン 「ボクも同感。」

ウィノナ 「……そういえばサフラン、
 毎日いつも決まった時間に来ているみたいだけど、
 何か特別な理由でもあるの?」

サフラン 「うん。ボクの両親がね……」

アンジェリカ 「サフランちゃん、捨てられちゃったのよねぇ、キャベツ畑に。」

サフラン 「住宅街のパン屋んところの弟と一緒にしないでよぉっ!」

ウィノナ 「そういえばパン屋の所の少年、
 よく『ボクやっぱりキャベツ畑に……』って
 泣いてるわよねぇ。」

サフラン 「あの無口なお姉さんも大変だよね、一人で弟を養って……。
 あ、でも最近さ、
 セルシウス師団長がよくあのパン屋さんにいるってボク聞いたよ。」

ウィノナ 「巡回途中に立ち寄っているっていう話でしょ?
 ……そういえばセルシウス師団長に限らずこの国の師団長達って、
 ここ最近よく町の中走り回っているわよね。」

サフラン 「治安を守るためとはいえ大変だよねぇ……忙しそうだし。」

アンジェリカ 「サフランちゃん、だめよ、師団長達の仕事増やしたら」

サフラン 「ボク何もしてないよーっ!」

アンジェリカ 「んもぅ、意地はっちゃって。素直に言った方が楽になるわよ?」

サフラン 「だからボク何もしてないってばーっ」

ウィノナ 「……って何の話だっけ?
 あ、そうそう、サフランの話だったわね。
 それで、両親がどうしたの?」

サフラン 「うん。ボクの両親、食後になると」

アンジェリカ 「孵化するのよねぇ?」

ウィノナ 「げほげほげほっ……あ、アンジェっ!
 人が食事している時に気味の悪い話なんかしないでよっ!
 んもぉっ!」

アンジェリカ 「てへっ☆」

ウィノナ 「てへっ、じゃなくて。で、食後になると?」

サフラン 「いつも夕食後になるとね、
 うちの両親ったらいい歳してるのにいつもらぶらぶな状態になるの。
 もう子供の前でそんなことするかってぐらいに。」

ウィノナ 「それで見ていられなくて…?」

サフラン 「あ、ひょっとしてそれが原因で
 お姉ちゃんってばなかなか仕事から帰ってこないのかもしれない。
 そうか、そうだったのか!!」

アンジェリカ 「仕事って何やってるんだっけ?サフランちゃんのおねーちゃん」

サフラン 「国家公務員。それ以上はよく知らない。」

マスター 「仕事と言えばウィノナ、お前も国に勤務しているんじゃなかったか?」

ウィノナ 「ええ、王立劇団に。」

アンジェリカ 「劇団ってやっぱり劇物とか使うの?」

ウィノナ 「……ちょっと誤解してない、アンジェリカ?」

サフラン 「『ちょっと』じゃなくて『かなり』の間違いだとボクは思うな。」

ウィノナ 「とにかく、私は一流の女優になりたいのよ。」

サフラン 「でもこの間、舞台に出たんでしょ?」

ウィノナ 「脇役ならね。早く主役が欲しいのよ。」

アンジェリカ 「ご主人様の役?メイドさんいじめるの?」

ウィノナ 「……アンジェ、貴方どうしてそういう偏った知識ばかり身につけているの?」

アンジェリカ 「てへっ☆」

ウィノナ 「てへっ、じゃなくて。」

アンジェリカ 「そうよねえ、親の顔が見てみたいわよねぇ。」

ウィノナ 「貴方の話をしているのよ、アンジェ」

アンジェリカ 「私のパパ?そこにいるよ」

マスター 「なんだ?呼んだか?」

ウィノナ 「……話がどうもうまく伝わっていないのよね。」

アンジェリカ 「糸電話?城壁の前に持っていくと大変な事になるわよ。ちゃきーんって。」

サフラン 「……ウィノ、これ以上言っても無駄だとボクは思うな。」

ウィノナ 「そうね……」


 ・・・・・・

サフラン 「マスター、もう一杯ー☆」

マスター 「あいよ」

ウィノナ 「サフラン、気になっていたんだけど、貴方確か未成年よねぇ?」

サフラン 「うん。ボクまだ15だよ。」

ウィノナ 「なんでワインなんか飲んでいるのよ?」

サフラン 「ワインじゃないよ。グレープジュースだもん。」

ウィノナ 「え?そうなの、マスター?」

マスター 「ああ。飲んでみるか?」

ウィノナ 「…………本当、ただのジュースね。」

アンジェリカ 「サフランちゃん、こっち飲んでみる?」

サフラン 「なにこれ?……ごくごくっ」

ウィノナ 「ってアンジェっ!?何飲ませているのよっ!?」

アンジェリカ 「グレープジュースよ。ちょっとアルコール入ってるけど☆」

ウィノナ 「立派なお酒じゃないっ!
 ちょっと見せてみなさいよ、その瓶っ!
 ほら、おもいっきりエルメキアワインって書いてあるじゃないっ!」

アンジェリカ 「エルメキアワインって美味なのよー☆」

ウィノナ 「そういう問題じゃなくてっ!この子未成年なのよっ!」

アンジェリカ 「大丈夫、あたしもまだ17歳で未成年だし☆」

ウィノナ 「……じゃあどうして美味だって知っているのよ?」

アンジェリカ 「てへっ☆」

ウィノナ 「てへっ、じゃなくて。」

サフラン 「……ふにゅふにゅ?」

アンジェリカ 「あー、サフランちゃん赤くなってかわいー☆」

ウィノナ 「ち、ちょっと、この子の親になんて言い訳するのよ?」

アンジェリカ 「大丈夫よ、サフランちゃん言ってた通り、両親とも今頃らぶらぶだし☆」

ウィノナ 「そう言う問題じゃなくて。誰がこの子を大雪の中家まで運ぶのよ?」

アンジェリカ 「大丈夫よ、サフランちゃんの家、この店のお隣さんだし☆」

サフラン 「ふにゅう?あんじぇ双子だったのぉ?あれー、うぃのも双子?」

アンジェリカ 「きゃーーー、サフラン可愛いーーー☆」

サフラン 「ふにゅう?」

ウィノナ 「アンジェっ!」

アンジェリカ 「やーん、可愛い可愛いー☆」

サフラン 「ほっぺたのばしちゃいやー。ふにゅぅ。」

アンジェリカ 「きゃーーーー☆」

ウィノナ 「きゃーーー、じゃなくてっ!」


からんころん

マスター 「おかえり、ラルフ。」

ウィノナ 「あら、ラルフの爺。」

ラルフ 「ああ、ただいま。
 いやあ、走ってはみたものの、
 やはりだめじゃったよ。」

ウィノナ 「故郷に帰れなかったの?」

ラルフ 「うん。今日はもう諦めて家で寝る事にしたわい。」

アンジェリカ 「あ、ラルフのおじいちゃん、家に帰るんだったらこの子送っていってくれる?」

サフラン 「ふにゅふにゅ?」

ラルフ 「ああ、わかったぞい。
 よいしょっと。
 じゃ、諸君、おやすみ。いい夢を。」


からんころん

ウィノナ 「……ってアンジェっ!あの方向音痴の爺に送らせてどうするのよっ!」

アンジェリカ 「大丈夫よぉ、隣の家に送っていくだけだもん☆」

ウィノナ 「……サフランの家ってこの店の右隣?左隣?」

アンジェリカ 「右。」

ウィノナ 「あの爺、サフラン連れて左の方に歩いていったわよ?」

アンジェリカ 「大丈夫、地球は丸いし。」

ウィノナ 「……そういう問題?」

アンジェリカ 「ほら、全ての道はローマに通ずっていう遙古代からの諺もあることだし☆」

ウィノナ 「途中に海があったらどうするのよ?」

アンジェリカ 「…………。さて、そろそろお片づけしなくっちゃ」

ウィノナ 「ってちょっと、話をそらさないでっ!
 あの子どうするのよっ!?
 このままじゃしばらくは家に帰れないわよ?」

アンジェリカ 「……てへっ☆」

ウィノナ 「てへっ、じゃなくてっ!」

アンジェリカ 「えへっ☆」

ウィノナ 「えへっ、でもないっ!」


そして、夜は更けていく……。


第一話『何気ない日常』 おわり。



▽書庫に戻る


OWNER
Copyright(c)1997 FUBUKI KOGARASHI fubuki@kogarashi.jp 日本語でどうぞ。