★ 第一話 『何気ない日常』 ★
「いらっしゃいませー…あ、サフランちゃん☆」
「やっほー」
「いらっしゃい、サフラン」
「ありりゃ?今日の客はまだボクだけ?」
「そーなのー。やっぱり大雪だからみんな来ないのよねぇ」
「まったく、商売あがったりだ。」
「そんなわけでサフランちゃん、10人前は注文してね」
「無茶言わないでよ……。
ボクそんなに食べられないよ。
女の子だもん。」
「そーねー、じゃあ妥協して7人前っ!」
「アンジェ、だからボクそんなに食べられないってば」
「わかったわ、じゃあ15人前っ!これでどお?」
「……増えてない?」
「あ、わかったぁ?てへっ☆」
「…………じとーっ。」
「んもぅ、そんなに見つめないで……恥ずかしい☆」
「見つめているんじゃないのっ!ボクは白い目で見てるのっ!」
「んもぅ、照れ屋さんねぇ☆」
「……もぅいい。
わかったからアンジェ、
とにかくボクにはいつもの飲み物だけちょうだいよ。」
「マスター、チーズピザ17枚にいつものサフランちゃん用ドリンクーっ!」
「ボクはピザなんか頼んでないーーーっ!」
「はい、いつものドリンクね。」
「ふぅ。
よかった。
本当にピザが出てきたらどうしようかと思っちゃった。」
「食べたい?」
「いらない。」
「いらっしゃいませー☆」
「いらっしゃい、ラルフ」
「いやー、今日もダメだったよ。」
「どしたの?」
「いやー、生きている内に故郷に一度は帰りたいなと思ってな、
今朝も故郷目指して歩き出したんだが、
気がついたらまたこの町に戻っておった。」
「……今朝『も』ってことは……ひょっとして……」
「ラルフお爺さん、歩いていこうとするからダメなのよ」
「あ、ボクも同感。」
「走っていけばいいのよ。」
「……いや、それはボク違うと思うなぁ……」
「そうか、走ればいいのかもしれんなぁ。
よし、思い立ったが吉日。
早速行って来るぞっ!」
「ラルフおじいちゃんー!?」
「無事にたどり着くといーねー☆」
「……ボク、無理だと思う。」
「あら?どうして、サフランちゃん?」
「歩いてだめなら走ればいいっていう問題じゃない気がするんだけど」
「やっぱりほふく前進が一番確実だったかしら?」
「あの、だからボクが言いたいのはそういう事じゃなくて……」
「あら、ウィノナ、いらっしゃい☆」
「ねぇ、今そこでラルフの爺とすれ違ったけど、何かあったの?走ってたわよ?」
「実は……」
「サフランちゃんがねー、」
「ボク何もしてないよぉっ!」
「サフラン、ダメよからかったら。あの爺ったら天然ボケなんだから」
「……ウィノ、密かに凄いこと言ってる。」
「でも、もとから天然ボケだと、歳いってからボケる心配ないから安心よねぇ☆」
「そーゆー問題とは違う気がするんだけどなあ、ボク。」
「アンジェ、この中にもう一人天然ボケがいるって気づいてる?」
「サフランちゃんも?」
「ボクは違うよぉっ!」
「わかった、今日は来ていないけど、カールさんでしょ?」
「……重傷ね。」
「……うん。」
「あ、わかった、やっぱり今日いないけどフィルさん?それとも……」
「大雪の日ってほとんど客が来ないねぇ」
「まったくだ。ま、仕方有るまい。」
「この店と同じ界隈に住む私とサフランぐらいよね、こんな大雪の日でも来るのは。」
「あとラルフさんね。」
「あの爺は例外よ。」
「ボクも同感。」
「……そういえばサフラン、
毎日いつも決まった時間に来ているみたいだけど、
何か特別な理由でもあるの?」
「うん。ボクの両親がね……」
「サフランちゃん、捨てられちゃったのよねぇ、キャベツ畑に。」
「住宅街のパン屋んところの弟と一緒にしないでよぉっ!」
「そういえばパン屋の所の少年、
よく『ボクやっぱりキャベツ畑に……』って
泣いてるわよねぇ。」
「あの無口なお姉さんも大変だよね、一人で弟を養って……。
あ、でも最近さ、
セルシウス師団長がよくあのパン屋さんにいるってボク聞いたよ。」
「巡回途中に立ち寄っているっていう話でしょ?
……そういえばセルシウス師団長に限らずこの国の師団長達って、
ここ最近よく町の中走り回っているわよね。」
「治安を守るためとはいえ大変だよねぇ……忙しそうだし。」
「サフランちゃん、だめよ、師団長達の仕事増やしたら」
「ボク何もしてないよーっ!」
「んもぅ、意地はっちゃって。素直に言った方が楽になるわよ?」
「だからボク何もしてないってばーっ」
「……って何の話だっけ?
あ、そうそう、サフランの話だったわね。
それで、両親がどうしたの?」
「うん。ボクの両親、食後になると」
「孵化するのよねぇ?」
「げほげほげほっ……あ、アンジェっ!
人が食事している時に気味の悪い話なんかしないでよっ!
んもぉっ!」
「てへっ☆」
「てへっ、じゃなくて。で、食後になると?」
「いつも夕食後になるとね、
うちの両親ったらいい歳してるのにいつもらぶらぶな状態になるの。
もう子供の前でそんなことするかってぐらいに。」
「それで見ていられなくて…?」
「あ、ひょっとしてそれが原因で
お姉ちゃんってばなかなか仕事から帰ってこないのかもしれない。
そうか、そうだったのか!!」
「仕事って何やってるんだっけ?サフランちゃんのおねーちゃん」
「国家公務員。それ以上はよく知らない。」
「仕事と言えばウィノナ、お前も国に勤務しているんじゃなかったか?」
「ええ、王立劇団に。」
「劇団ってやっぱり劇物とか使うの?」
「……ちょっと誤解してない、アンジェリカ?」
「『ちょっと』じゃなくて『かなり』の間違いだとボクは思うな。」
「とにかく、私は一流の女優になりたいのよ。」
「でもこの間、舞台に出たんでしょ?」
「脇役ならね。早く主役が欲しいのよ。」
「ご主人様の役?メイドさんいじめるの?」
「……アンジェ、貴方どうしてそういう偏った知識ばかり身につけているの?」
「てへっ☆」
「てへっ、じゃなくて。」
「そうよねえ、親の顔が見てみたいわよねぇ。」
「貴方の話をしているのよ、アンジェ」
「私のパパ?そこにいるよ」
「なんだ?呼んだか?」
「……話がどうもうまく伝わっていないのよね。」
「糸電話?城壁の前に持っていくと大変な事になるわよ。ちゃきーんって。」
「……ウィノ、これ以上言っても無駄だとボクは思うな。」
「そうね……」
「マスター、もう一杯ー☆」
「あいよ」
「サフラン、気になっていたんだけど、貴方確か未成年よねぇ?」
「うん。ボクまだ15だよ。」
「なんでワインなんか飲んでいるのよ?」
「ワインじゃないよ。グレープジュースだもん。」
「え?そうなの、マスター?」
「ああ。飲んでみるか?」
「…………本当、ただのジュースね。」
「サフランちゃん、こっち飲んでみる?」
「なにこれ?……ごくごくっ」
「ってアンジェっ!?何飲ませているのよっ!?」
「グレープジュースよ。ちょっとアルコール入ってるけど☆」
「立派なお酒じゃないっ!
ちょっと見せてみなさいよ、その瓶っ!
ほら、おもいっきりエルメキアワインって書いてあるじゃないっ!」
「エルメキアワインって美味なのよー☆」
「そういう問題じゃなくてっ!この子未成年なのよっ!」
「大丈夫、あたしもまだ17歳で未成年だし☆」
「……じゃあどうして美味だって知っているのよ?」
「てへっ☆」
「てへっ、じゃなくて。」
「……ふにゅふにゅ?」
「あー、サフランちゃん赤くなってかわいー☆」
「ち、ちょっと、この子の親になんて言い訳するのよ?」
「大丈夫よ、サフランちゃん言ってた通り、両親とも今頃らぶらぶだし☆」
「そう言う問題じゃなくて。誰がこの子を大雪の中家まで運ぶのよ?」
「大丈夫よ、サフランちゃんの家、この店のお隣さんだし☆」
「ふにゅう?あんじぇ双子だったのぉ?あれー、うぃのも双子?」
「きゃーーー、サフラン可愛いーーー☆」
「ふにゅう?」
「アンジェっ!」
「やーん、可愛い可愛いー☆」
「ほっぺたのばしちゃいやー。ふにゅぅ。」
「きゃーーーー☆」
「きゃーーー、じゃなくてっ!」
「おかえり、ラルフ。」
「あら、ラルフの爺。」
「ああ、ただいま。
いやあ、走ってはみたものの、
やはりだめじゃったよ。」
「故郷に帰れなかったの?」
「うん。今日はもう諦めて家で寝る事にしたわい。」
「あ、ラルフのおじいちゃん、家に帰るんだったらこの子送っていってくれる?」
「ふにゅふにゅ?」
「ああ、わかったぞい。
よいしょっと。
じゃ、諸君、おやすみ。いい夢を。」
「……ってアンジェっ!あの方向音痴の爺に送らせてどうするのよっ!」
「大丈夫よぉ、隣の家に送っていくだけだもん☆」
「……サフランの家ってこの店の右隣?左隣?」
「右。」
「あの爺、サフラン連れて左の方に歩いていったわよ?」
「大丈夫、地球は丸いし。」
「……そういう問題?」
「ほら、全ての道はローマに通ずっていう遙古代からの諺もあることだし☆」
「途中に海があったらどうするのよ?」
「…………。さて、そろそろお片づけしなくっちゃ」
「ってちょっと、話をそらさないでっ!
あの子どうするのよっ!?
このままじゃしばらくは家に帰れないわよ?」
「……てへっ☆」
「てへっ、じゃなくてっ!」
「えへっ☆」
「えへっ、でもないっ!」