★ 第三話 『変化なき日常』 ★
「あ、フィル。
いらっしゃいませー☆
……ありがとうごさいましたー。」
「ち、ちょっと待ってくれ。
まだ何も注文していないぞ!?
……それでいきなり帰さないでくれ。」
「ボクもそれはちょっとあんまりだと思う。」
「だって、いつも注文しないのに?
……地理院発表の天気予報、
明日は雨だったかしら?」
「いや、
誰かさんが聞いてくれないだけで、
一応毎回ちゃんと注文することはしているんだけど……」
「ねぇ、大変っ!」
「あら、それは大変ねぇ。」
「……私まだ何も言っていないんだけど。」
「……こういう風にしていつも注文がなかったことにされるんだよな。
たまに注文を聞いて貰っても違う物が出てくるし。
それなのになんで俺、この店に来ているんだろう?ぶつぶつ」
「ほら、新聞みてみて。ここ、ここっ!」
「……将軍専属秘書、無実の罪で逮捕……」
「ええっ!?」
「そんなことどこにも書いていないでしょっ!」
「……ウェルナー通りのラグランジュ邸に家宅捜索……」
「えええっ!?」
「そんなことも書いてないっ!
ここよ、ここっ!
『天に舞う人影現る……』」
「天に舞う人影?」
「『本日未明、王城の屋根から飛翔する人影の目撃情報が相次いだ。」
本紙独自の目撃情報の調査によると屋根の上にいた人影は3人とされ、
そのうちの1人が街の方へと滑空した模様……』」
「それで、サフランちゃんの家は無事なの?」
「なんでそこでボクの家が出てくるのさっ!」
「お隣さんじゃない☆ そりゃ心配に決まっているじゃないー☆」
「……なにか論点がズレていると思うな、ボク。
それでウィノ、
その記事の続きは?」
「『この件に関して、
城壁守備隊から目撃情報が出ているにも関わらず、
レミィ女王陛下並びに王立軍作戦司令部は一切のコメントを発表していない。』」
「『飛翔系魔導が第一種禁呪魔導に分類されていることから、
魔導庁からは非公開技術の流出を懸念する声もあがっている。
だが、一部関係者の間では軍部による極秘魔導実験説も流れており……』」
「極秘魔導実験説?」
「サフランのほっぺたがどこまで伸びるかっていう実験ね☆」
「ち、違うよぉっ!なんでそうなるのさっ!」
「だって伸びるんだもーん☆」
「ふにゅうー、ほっぺたのばしちゃいやー。」
「きゃーーーー☆」
「きゃーー、じゃなくて。やめなさいってば。」
「でも新聞って色々書いてあるんだねー。」
「新聞は便利よー、サフランちゃん。
割れ物を梱包することもできるし、
てんぷら揚げるときにも役立つし……。」
「……アンジェ、
それもそれで確かに役立つとは思うけど、
本来の目的とは違うと思うな、ボク。」
「そうね。新聞の本来の目的と言えば……」
「同じ大きさに切ってニセ札束作るのが目的よねぇ?」
「作ってどうするのよ、そんなもの。」
「他人に無実の罪をかぶせるとかいろいろあるわよぉ☆」
「アンジェリカ、
あんたどういう育ち方してきたのよ?
親の顔がみてみたいわ。」
「……ウィノ、
アンジェのお父さんならカウンターの向こう側に
いると思うけどな、ボク。」
「……ねえマスター、どういう風にこの子育てたの?」
「ん、ああ。
あれはわしがまだ傭兵として各地を渡り歩いていた頃だ。
カイザリアのとある小さな街でちょっとした事件があってなぁ……」
「ちょっとマスター、
それとアンジェリカの話にどう関係があるのよ?
その子が産まれたのはマスターが傭兵やめてこの酒場を継いだ後でしょ?」
「……子供達が家出した猫を探すために町中走り回っててな。
そのうちの一人がこっそりと衛兵の詰め所に入り込んで
調べていたらたまたまそこに猫がいたらしくてな。」
「猫の話はどうでもいいのよ。
あたしが聞きたいのは、
アンジェリカをどのように育てたかという……」
「で、いざ捕獲しようと部屋の中を暴れ回っていたときに
その拍子に衛兵長の私的金庫を壊してしまったらしくてな。
その現場を見つかってあやうく殺されそうになっていたんだが……」
「……マスター?」
「……そういえばあの時助けた赤毛の少年は元気かな。
ああ、いや、あれからもう十数年が経ったんだ。
もう今は立派な大人になっているか……どうしているやら。」
「……人の話全然聞いてないね。」
「なんとなくわかった気がするわ。この親にしてこの子あり……ね。」
「あら、この記事?」
「え、ウィノ、どれどれ?」
「『セントラル港で不法入国者らしき老人発見。
どのようにして検問をくぐり抜けたのか検閲官が諮問したところ、
本人は「わしゃただ家に帰ろうとして道に迷っただけじゃ」と供述している。』」
「……これってラルフおじーさんだよ、ねぇ?」
「あの爺……
セレリア公国で一体なにやってるのかしら?
恥さらしになってなければいいけど。」
「ウィノ、記事の続きは?」
「続き?えっと……
『親類、あるいは身元に心当たりのある人はセントラル入港管理局まで』
……それだけね。」
「それって、
親類じゃなきゃ引き取りに行けないの?
ボクとかウィノじゃだめなのかなぁ?」
「さぁ、あたしはそんな経験ないもの……ねえ、どうなのマスター?」
「そのあたりはそこにいるフィルに聞いた方が早いぞ。」
「え? あら。いたの、フィル?」
「……いや、今日は冒頭からいるんだけど。」
「それでフィル、この場合はどうなるの?」
「基本的には五親等以内の親類ってなっているんだけど、
それ以外でも近所に住んでいるとか顔なじみだとか、
何か証拠品が有れば引き取りに行けることになってるよ。」
「フィル、やけに詳しいわね?」
「ああ、いや、職業柄いろいろと。」
「……フィルって職業なにやってるのよ?」
「変質者?」
「いや、なんでそうなるかなぁ……違うんだけど。」
「ねぇウィノ、こんな記事もあるよ。
『今明かされる軍政国家シルバニアの真の姿!
本紙が独自に要職にあるA氏にインタビューを試みた。』」
「……要職にあるA氏って誰よ?」
「養殖?増えるの?」
「アンジェ、そうじゃないと思う……。
『A氏の話によれば、これはオフレコだが近々軍司令部に於いて
何かの軍事作戦が発動される気配があるとのこと。』」
「何かの軍事作戦?曖昧ね……。」
「『その作戦行動の内容として伝えられている噂の影には
宰相の企て、マルス党の陰謀、ただの実験台など諸説あるが、
本紙独自の推測に依れば実は……あ、以下次号だって。』」
「誰よ、そんな中途半端な記事書いたの?」
「えっと……。
フィル=ケプラー特派員って書いてあるよ。
って、ええっ!? フィルっ?」
「呼んだ?」
「……貴方、新聞記者だったの?」
「うん。一応は。」
「道理でいつも昼間っから町中うろうろしていると思っていたのよ。」
「いや、別にうろうろしているわけじゃ……。」
「そうね、
昼間から街をうろうろ歩いている不審者って言ったら、
私立探偵か変質者のどっちかだしー☆」
「……ねぇアンジェ、どうしていきなりその二択になるのさ?」
「ところでフィル、この記事の根拠はどこに?」
「根拠?1割の事実と9割の推測のこと?」
「……それって、でっちあげって言わない?」
「想像に任せて書いたと言ってくれ。」
「要するにねつ造じゃないのっ!」
「想像はパン屋さんの始まりよ、フィル。」
「……それは何か違うんじゃ……。」
「ほら、読むときに楽しい方がいいじゃん。」
「真実を伝えるっていう報道義務は……?」
「いや、伝えてるじゃん真実。……俺の中での真実だけど。」
「それがマズイのよ。
読むときに楽しい方が……って。
ねぇフィル、親戚にユカワっていう姓名の人いない?」
「うちの祖母が旧姓ユカワだけど、なんで知ってるの?」
「…………。」
「『コラム:マシュマロの秘密』あれ?これもフィルの記事?」
「マシュマロ?なんでマシュマロなのよ?」
「俺が好きだから。」
「それだけ?」
「うん。」
「…………。」
「『実はマシュマロの木というのがあって、
その木になる果実をそのままもいだのが一般に出回っている
ものだという説があることを記者は入手した。』そうなの?」
「嘘よ、それ絶対嘘っ!」
「決めつけるのはよくないよ、ウィノナ。」
「説ってだいたいどこの説よ?」
「フィル=ケプラー説。俺の中の真実。」
「要するに貴方が言い出したのね?
そんなこと書いて小さな子供が本気にしたら
どうする気よ?」
「ロマンだねぇ。」
「どこがよっ!?」
「いや、でも俺の中の真実では柔らかいマシュマロが……」
「でもあたしは柔らかいほっぺたのほうが好きー☆」
「ちょっとアンジェリカ、なんでそこにほっぺたが出てくるのよ?」
「アンジェー、ひっぱっちゃいやー」
「アンジェリカっ!」
「ふにゅうー。」
「すぐにそうやってサフランのほっぺたさわるのやめなさいっ!」
「……じぇらしー?」
「違うわよっ! なんでそうなるのよっ!」
「ふにゅうー。ほっぺのばしちゃいやー。」
「きゃーーー☆ のびるー、柔らかいー☆ ふにふにー☆」
「アンジェリカっ!」
「ところでその新聞の天気欄、明日はなんだってー?」
「えっと、地理院発表の明日の天気予報は、と。
シルバニア・ノースヴェール地方、
……曇り時々雨。」
「槍じゃなくてよかったね、サフランちゃん。」
「……どう間違っても槍は降ってこないと思うんだけど。」
「じゃあ高枝切りバサミ?」
「……アンジェ、
それ以前にそういう問題でもないと思うなボク。
ねぇウィノ、明日の降水確率は?」
「明日の降水確率は80%……間違いなく降るわね、これは。」
「ほら、フィルが注文なんかするから雨になっちゃうじゃない☆」
「……いや、俺まだ注文していないんだけど……。」