4つ星の酒場


★ 第三話 『変化なき日常』 ★


からんころん

アンジェリカ 「あ、フィル。
 いらっしゃいませー☆
 ……ありがとうごさいましたー。」

フィル 「ち、ちょっと待ってくれ。
 まだ何も注文していないぞ!?
 ……それでいきなり帰さないでくれ。」

サフラン 「ボクもそれはちょっとあんまりだと思う。」

アンジェリカ 「だって、いつも注文しないのに?
 ……地理院発表の天気予報、
 明日は雨だったかしら?」

フィルいや、
 誰かさんが聞いてくれないだけで、
 一応毎回ちゃんと注文することはしているんだけど……


からんころん

ウィノナ 「ねぇ、大変っ!」

アンジェリカ 「あら、それは大変ねぇ。」

ウィノナ 「……私まだ何も言っていないんだけど。」

フィル……こういう風にしていつも注文がなかったことにされるんだよな。
 たまに注文を聞いて貰っても違う物が出てくるし。
 それなのになんで俺、この店に来ているんだろう?ぶつぶつ

ウィノナ 「ほら、新聞みてみて。ここ、ここっ!」

アンジェリカ 「……将軍専属秘書、無実の罪で逮捕……」

サフラン 「ええっ!?」

ウィノナ 「そんなことどこにも書いていないでしょっ!」

アンジェリカ 「……ウェルナー通りのラグランジュ邸に家宅捜索……」

サフラン 「えええっ!?」

ウィノナ 「そんなことも書いてないっ!
 ここよ、ここっ!
 『天に舞う人影現る……』」

サフラン 「天に舞う人影?」

ウィノナ 「『本日未明、王城の屋根から飛翔する人影の目撃情報が相次いだ。」
  本紙独自の目撃情報の調査によると屋根の上にいた人影は3人とされ、
  そのうちの1人が街の方へと滑空した模様……』」

アンジェリカ 「それで、サフランちゃんの家は無事なの?」

サフラン 「なんでそこでボクの家が出てくるのさっ!」

アンジェリカ 「お隣さんじゃない☆ そりゃ心配に決まっているじゃないー☆」

サフラン 「……なにか論点がズレていると思うな、ボク。
 それでウィノ、
 その記事の続きは?」

ウィノナ 「『この件に関して、
  城壁守備隊から目撃情報が出ているにも関わらず、
  レミィ女王陛下並びに王立軍作戦司令部は一切のコメントを発表していない。』」

ウィノナ 「『飛翔系魔導が第一種禁呪魔導に分類されていることから、
  魔導庁からは非公開技術の流出を懸念する声もあがっている。
  だが、一部関係者の間では軍部による極秘魔導実験説も流れており……』」

サフラン 「極秘魔導実験説?」

アンジェリカ 「サフランのほっぺたがどこまで伸びるかっていう実験ね☆」

サフラン 「ち、違うよぉっ!なんでそうなるのさっ!」

アンジェリカ 「だって伸びるんだもーん☆」

サフラン 「ふにゅうー、ほっぺたのばしちゃいやー。」

アンジェリカ 「きゃーーーー☆」

ウィノナ 「きゃーー、じゃなくて。やめなさいってば。」


 ・・・・・・

サフラン 「でも新聞って色々書いてあるんだねー。」

アンジェリカ 「新聞は便利よー、サフランちゃん。
 割れ物を梱包することもできるし、
 てんぷら揚げるときにも役立つし……。」

サフラン 「……アンジェ、
 それもそれで確かに役立つとは思うけど、
 本来の目的とは違うと思うな、ボク。」

ウィノナ 「そうね。新聞の本来の目的と言えば……」

アンジェリカ 「同じ大きさに切ってニセ札束作るのが目的よねぇ?」

ウィノナ 「作ってどうするのよ、そんなもの。」

アンジェリカ 「他人に無実の罪をかぶせるとかいろいろあるわよぉ☆」

ウィノナ 「アンジェリカ、
 あんたどういう育ち方してきたのよ?
 親の顔がみてみたいわ。」

サフラン 「……ウィノ、
 アンジェのお父さんならカウンターの向こう側に
 いると思うけどな、ボク。」

ウィノナ 「……ねえマスター、どういう風にこの子育てたの?」

マスター 「ん、ああ。
 あれはわしがまだ傭兵として各地を渡り歩いていた頃だ。
 カイザリアのとある小さな街でちょっとした事件があってなぁ……」

ウィノナ 「ちょっとマスター、
 それとアンジェリカの話にどう関係があるのよ?
 その子が産まれたのはマスターが傭兵やめてこの酒場を継いだ後でしょ?」

マスター 「……子供達が家出した猫を探すために町中走り回っててな。
 そのうちの一人がこっそりと衛兵の詰め所に入り込んで
 調べていたらたまたまそこに猫がいたらしくてな。」

ウィノナ 「猫の話はどうでもいいのよ。
 あたしが聞きたいのは、
 アンジェリカをどのように育てたかという……」

マスター 「で、いざ捕獲しようと部屋の中を暴れ回っていたときに
 その拍子に衛兵長の私的金庫を壊してしまったらしくてな。
 その現場を見つかってあやうく殺されそうになっていたんだが……」

ウィノナ 「……マスター?」

マスター 「……そういえばあの時助けた赤毛の少年は元気かな。
 ああ、いや、あれからもう十数年が経ったんだ。
 もう今は立派な大人になっているか……どうしているやら。」

サフラン 「……人の話全然聞いてないね。」

ウィノナ 「なんとなくわかった気がするわ。この親にしてこの子あり……ね。」


 ・・・・・・

ウィノナ 「あら、この記事?」

サフラン 「え、ウィノ、どれどれ?」

ウィノナ 「『セントラル港で不法入国者らしき老人発見。
  どのようにして検問をくぐり抜けたのか検閲官が諮問したところ、
  本人は「わしゃただ家に帰ろうとして道に迷っただけじゃ」と供述している。』」

サフラン 「……これってラルフおじーさんだよ、ねぇ?」

ウィノナ 「あの爺……
 セレリア公国で一体なにやってるのかしら?
 恥さらしになってなければいいけど。」

サフラン 「ウィノ、記事の続きは?」

ウィノナ 「続き?えっと……
 『親類、あるいは身元に心当たりのある人はセントラル入港管理局まで』
 ……それだけね。」

サフラン 「それって、
 親類じゃなきゃ引き取りに行けないの?
 ボクとかウィノじゃだめなのかなぁ?」

ウィノナ 「さぁ、あたしはそんな経験ないもの……ねえ、どうなのマスター?」

マスター 「そのあたりはそこにいるフィルに聞いた方が早いぞ。」

ウィノナ 「え? あら。いたの、フィル?」

フィル 「……いや、今日は冒頭からいるんだけど。」

サフラン 「それでフィル、この場合はどうなるの?」

フィル 「基本的には五親等以内の親類ってなっているんだけど、
 それ以外でも近所に住んでいるとか顔なじみだとか、
 何か証拠品が有れば引き取りに行けることになってるよ。」

ウィノナ 「フィル、やけに詳しいわね?」

フィル 「ああ、いや、職業柄いろいろと。」

ウィノナ 「……フィルって職業なにやってるのよ?」

アンジェリカ 「変質者?」

フィル 「いや、なんでそうなるかなぁ……違うんだけど。」

サフラン 「ねぇウィノ、こんな記事もあるよ。
 『今明かされる軍政国家シルバニアの真の姿!
  本紙が独自に要職にあるA氏にインタビューを試みた。』」

ウィノナ 「……要職にあるA氏って誰よ?」

アンジェリカ 「養殖?増えるの?」

サフラン 「アンジェ、そうじゃないと思う……。
 『A氏の話によれば、これはオフレコだが近々軍司令部に於いて
  何かの軍事作戦が発動される気配があるとのこと。』」

ウィノナ 「何かの軍事作戦?曖昧ね……。」

サフラン 「『その作戦行動の内容として伝えられている噂の影には
  宰相の企て、マルス党の陰謀、ただの実験台など諸説あるが、
  本紙独自の推測に依れば実は……あ、以下次号だって。』」

ウィノナ 「誰よ、そんな中途半端な記事書いたの?」

サフラン 「えっと……。
 フィル=ケプラー特派員って書いてあるよ。
 って、ええっ!? フィルっ?」

フィル 「呼んだ?」

ウィノナ 「……貴方、新聞記者だったの?」

フィル 「うん。一応は。」

ウィノナ 「道理でいつも昼間っから町中うろうろしていると思っていたのよ。」

フィル 「いや、別にうろうろしているわけじゃ……。」

アンジェリカ 「そうね、
 昼間から街をうろうろ歩いている不審者って言ったら、
 私立探偵か変質者のどっちかだしー☆」

サフラン 「……ねぇアンジェ、どうしていきなりその二択になるのさ?」

ウィノナ 「ところでフィル、この記事の根拠はどこに?」

フィル 「根拠?1割の事実と9割の推測のこと?」

サフラン 「……それって、でっちあげって言わない?」

フィル 「想像に任せて書いたと言ってくれ。」

ウィノナ 「要するにねつ造じゃないのっ!」

アンジェリカ 「想像はパン屋さんの始まりよ、フィル。」

サフラン 「……それは何か違うんじゃ……。」

フィル 「ほら、読むときに楽しい方がいいじゃん。」

サフラン 「真実を伝えるっていう報道義務は……?」

フィル 「いや、伝えてるじゃん真実。……俺の中での真実だけど。」

ウィノナ 「それがマズイのよ。
 読むときに楽しい方が……って。
 ねぇフィル、親戚にユカワっていう姓名の人いない?」

フィル 「うちの祖母が旧姓ユカワだけど、なんで知ってるの?」

ウィノナ 「…………。」


 ・・・・・・

サフラン 「『コラム:マシュマロの秘密』あれ?これもフィルの記事?」

ウィノナ 「マシュマロ?なんでマシュマロなのよ?」

フィル 「俺が好きだから。」

ウィノナ 「それだけ?」

フィル 「うん。」

ウィノナ 「…………。」

サフラン 「『実はマシュマロの木というのがあって、
  その木になる果実をそのままもいだのが一般に出回っている
  ものだという説があることを記者は入手した。』そうなの?」

ウィノナ 「嘘よ、それ絶対嘘っ!」

フィル 「決めつけるのはよくないよ、ウィノナ。」

ウィノナ 「説ってだいたいどこの説よ?」

フィル 「フィル=ケプラー説。俺の中の真実。」

ウィノナ 「要するに貴方が言い出したのね?
 そんなこと書いて小さな子供が本気にしたら
 どうする気よ?」

フィル 「ロマンだねぇ。」

ウィノナ 「どこがよっ!?」

フィル 「いや、でも俺の中の真実では柔らかいマシュマロが……」

アンジェリカ 「でもあたしは柔らかいほっぺたのほうが好きー☆」

ウィノナ 「ちょっとアンジェリカ、なんでそこにほっぺたが出てくるのよ?」

サフラン 「アンジェー、ひっぱっちゃいやー」

ウィノナ 「アンジェリカっ!」

サフラン 「ふにゅうー。」

ウィノナ 「すぐにそうやってサフランのほっぺたさわるのやめなさいっ!」

アンジェリカ 「……じぇらしー?」

ウィノナ 「違うわよっ! なんでそうなるのよっ!」

サフラン 「ふにゅうー。ほっぺのばしちゃいやー。」

アンジェリカ 「きゃーーー☆ のびるー、柔らかいー☆ ふにふにー☆」

ウィノナ 「アンジェリカっ!」


 ・・・・・・

アンジェリカ 「ところでその新聞の天気欄、明日はなんだってー?」

ウィノナ 「えっと、地理院発表の明日の天気予報は、と。
 シルバニア・ノースヴェール地方、
 ……曇り時々雨。」

アンジェリカ 「槍じゃなくてよかったね、サフランちゃん。」

サフラン 「……どう間違っても槍は降ってこないと思うんだけど。」

アンジェリカ 「じゃあ高枝切りバサミ?」

サフラン 「……アンジェ、
 それ以前にそういう問題でもないと思うなボク。
 ねぇウィノ、明日の降水確率は?」

ウィノナ 「明日の降水確率は80%……間違いなく降るわね、これは。」

アンジェリカ 「ほら、フィルが注文なんかするから雨になっちゃうじゃない☆」

フィル 「……いや、俺まだ注文していないんだけど……。」


そして、夜は更けていく……。


第三話『よくある日常』 おわり。



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