★ 第四話 『若者達の日常』 ★
「あー、お腹空いた。」
「あらフィル。いつもより遅いじゃない、今日は。」
「ちょっと取材が長引いちゃってね。」
「そういえば新聞記者だったのよね、フィル。」
「……何だと思っていたんだ?」
「暇人。」
「怠け者。」
「危険犯し屋さん。」
「……どういう目で見られていたんだろう、俺。」
「それでフィル、
今回は何を追いかけていたの?
もしかしてサフランちゃんのゴシップ?きゃーーー☆」
「ええっ!?ボ、ボクなのぉっ!?」
「このあいだサフランちゃんとキスしちゃったのがばれちゃったのねっ☆」
「えええっ!?
ち、ちょっと待ってよぉぉっ!
ボクそんな覚えないよぉっ!」
「大丈夫よ、サフランちゃん泥酔してたし☆」
「がーーーんっ……ボクの、ボクのファーストキスが……」
「アンジェリカ、嘘を付くんじゃないのっ!
エルメキアワインで酔わせて唇奪おうとしてたのは事実だけど、
あたしが阻止したじゃない。未遂でしょ!」
「えー、ばらしちゃつまんなーい☆」
「……よかった、アンジェにファーストキス奪われてなくて。」
「……あとは時間の問題ね。じゃあセカンドキスは頂戴ね☆」
「えええっ!?」
「アンジェリカっ!」
「ねえねぇ、やっぱサフランちゃんのゴシップ追いかけてたの?」
「なんでボクなのさぁっ!
それにボク何も悪いことしてないよぉっ!」
「いやいやゴシップってのは
誰もが知っている人物に対してあらぬ無実の疑いをかけるから、
ゴシップとして成り立つわけだし。」
「……あらぬ疑いかけてどうするのよ。」
「そのほうが報道としては儲かるんだよ。」
「……ボクは今日、大人の世界を知ってしまった。」
「とりあえず何か食べさせてくれないか?
お腹空いちゃって。
えっと、何かサンドウィッチある?」
「マスター、メロンパンのサンドウィッチ一つ☆」
「ちょっとアンジェ、メロンパンのサンドウィッチって何よ?」
「えー、あたしのお薦め料理☆」
「……それって、料理なの?」
「っていうかどんな味なのよ?」
「知らない☆ まだ味見してないし☆」
「そんな無責任な物お客さんに出すんじゃないわよ!」
「え?お客?……誰?」
「……アンジェ、自分がウェイトレスだって自覚ある?」
「ふりふりのエプロン?
かわいいでしょ☆
サフランちゃんもつけてみる?」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……アンジェ。」
「っていうか全然答えになってないわよ!」
「なぁ、他にまともなサンドウィッチはないの?」
「じゃあベーコンエクレアは?」
「……なにそれ?」
「エクレアの中にベーコンが入ってるの☆」
「……どんな味なのよ、それ?」
「食べてみる?」
「要するにまだ味見してないのね……。」
「てへっ☆」
「てへっ、じゃなくて。」
「えへっ☆」
「えへっ、でもないから。」
「頼むからまともなサンドウィッチ何かないの?」
「ないの。」
「……即答されても困るんだけど。」
「マスター、フィルに何かまともなサンドウィッチ作ってあげてー☆」
「あいよ。」
「あっ、
卑怯よウィノナ、パパに直接頼むなんて!
正々堂々と勝負しなさいよっ!」
「勝負って……なに?」
「だったら最初からちゃんとまともな物作りなさいよ!」
「だってさ、サフランちゃん☆」
「ええっ!?」
「なんでサフランなのよ!
アンジェに言ってるのよ!
ねぇ、フィル?」
「あ、ああ?」
「そういえばフィル、
貴方がこのあいだラルフじーさんにおごったグレーブジュース代3リル、
まだもらってないわよ?」
「……なんでまだそんなこと覚えてるんだよ。」
「そういえばあたしも注文まだだったわね。」
「ウィノナは何にするのかしら?」
「どうしようかしらねぇ……。
あたしはパンというよりも
ライス物が食べたいわね。」
「サフランライスなんてどお?おいしいわよ☆」
「……どきどき、ボクのことかと思って怖い想像しちゃった。」
「そうね、じゃあサフランライスひとつ。」
「はーい。じゃあサフランちゃん、ちょっとこっち来て☆」
「え、え?
な、何するの、アンジェ?
ねぇ、やっぱりなんか怖い予感するんだけど?」
「ち、ちょっと目隠ししてボクに何するのさアンジェっ!」
「ふふふ、いいから大人しくしてなきゃダメ☆」
「え?え?」
「……はて?ここは?」
「ってなんで洋服脱がせるのさぁぁっ!」
「うふふふふ、
やっぱり胸ちっちゃいのね☆
メインディッシュは大人しく……」
「ふむ、サフランにアンジェこんなところでお医者さんごっこか?」
「っわぁあああっ!」
「アンジェリカっ!何やってるのよっ!」
「えー、サフランちゃん脱がそうかと☆」
「なんでそうなるのよっ!
それにラルフの爺っ!
最近見ないと思ったら、こんなところでなにやってるのよっ!」
「いや、道に迷ってしまってのぉ。
気が付いたらこの樽の中におってのぉ。
はて、わしはどこに行こうとしておったんだったかの?」
「あらあ、
ボケちゃったの、ラルフの爺さん☆
一緒にサフランちゃんを脱がせようとしていたところじゃない☆」
「……そうだったかのぉ?」
「違うよぉっ!なんでそうなるのさぁっ!」
「だってサフランライスよ?
ウェイトレスの格好したサフランちゃんが
ライス運ぶんでしょ?」
「違うわよ!
私はサフランの花で色を付けた、
香ばしいライスを頼んだのよっ!」
「えー、こんなにほっぺた柔らかいのに?」
「ふにゅう、ほっぺたのばしちゃいやぁぁっ!」
「関係ないでしょそれはっ!」
「ふにゅう、あんじぇー、だからのばしちゃいやーっ。」
「……まったく、油断もなければ隙もない。」
「えー、あたしサフランちゃん好きよー☆ ふふふ☆」
「その『好き』じゃなくてっ!」
「ち、ちょっとアンジェ、
その含み笑いはなにーっ!?
ねぇちょっと、ボク怖いよぉっ!」
「……あら?そういえばラルフの爺は?」
「あれ?そういえばいないねー。」
「ああ、さっきまた樽の中へと入っていったぞ。」
「……なんで樽の中から出入りできるのよ?」
「この界隈じゃ、
あのラルフ=アークライトのお爺さんは有名よ、
どこにでも現れるって。」
「それは微妙に『どこにでも現れる』の意味が違うんじゃ……。」
「……ねぇ、アンジェ、
ボクもちょっとお腹空いたー。
何かパン類でおいしいのある?」
「うちで使っているパンは全部おいしいわよ☆」
「そういえば最近ここのパンおいしいわね。
でもこの酒場、パン焼き釜持ってないでしょ?
どこかから仕入れてきてるの?」
「最近は住宅街にあるおいしいパン屋さんから
仕入れているの☆
ソフトブレッドっていうお店なんだけど、知ってる?」
「まだ若い女性が切り盛りしてるあのお店?」
「なんかお姉ちゃんが寝言で
そんなお店の名前を呟いていたような……。
それで、アンジェのお薦めはー?」
「そーねー、シュガートーストなんかどう?」
「あ、それおいしそー☆」
「……なんで俺の時と違ってサフランにはちゃんとまともな物を勧めるんだ?」
「愛よ。」
「えええっ!?」
「で、サフランちゃんどう? シュガートーストは☆」
「うーん、じゃあボクそれに……」
「……カロリー高そうね。」
「うっ……。」
「じゃあシュガートーストのパンの耳の部分だけにする?」
「パ、パンの耳だけって……。」
「なによそれ。」
「えー、おいしいのよ?」
「どんな風に?」
「ううん、試したことないから知らない。」
「……じゃあおいしいかわかんないじゃない。」
「サフランちゃんの耳に砂糖付けて食べるっていうのは?」
「ええっ!?」
「だっておいしそうだし☆」
「そういう問題じゃないでしょ。
食べられませんっ!」
「……乾燥剤?」
「なんでそこで乾燥剤がてでくるのよっ!
確かにそう書いてあるけどっ!」
「えー、
でもサフランちゃんのほっぺ乾燥肌じゃないわよー☆
つるつるー☆」
「ふにゅう、だからってほっぺた伸ばしちゃいやー。」
「ちょっとアンジェっ、そんなにサフランのほっぺた伸ばすんじゃないわよっ!」
「……じぇらしー?」
「なんでそうなるのよっ!」
「ところで俺の注文した料理はまだ?」
「はい、フィル注文の品ー☆」
「……これ、なに?」
「マスターお薦めのパン☆」
「……クルトンだけ?」
「おいしいぞ、クルトンは。」
「……そういう問題?」
「あれはポタージュに入っているから美味しいんであって、
単体で大量に食べてもぱさぱさしてるだけよ。」
「ウィノ、何で知ってるの?」
「さては試したことあるのね?」
「さ、さぁ……知らないわ。」
「……他に何かまともなパンはないの?」
「ああ、フライパンってのもあるぞ?」
「……それは食べられないと思うんだけど……。」
「……やっぱり親子ね、この二人。」
「えー、わかるぅ?」
「そりゃわかるわよ。」
「だって☆
よかったわね、サフランちゃん☆
というわけであたしが今日から保護者よ☆」
「ええっ!?」
「なんでそうなるのよっ!」
「さ、ウェイトレス姿に着替えましょう☆」
「ってなんだまた脱がすのさぁぁっ!
フィルだって見てるじゃない!」
「……まぁ俺、あんまりロリコンじゃないし。」
「どういう意味だよぉっ!」
「……『あんまり』って何よ、フィル?」
「ほら、ウェイトレスウェイトレス☆」
「アンジェのばかぁぁぁっ!」