★ 第五話 『紙の上の日常』 ★
「いらっしゃいませー☆ あら、フィル。お仕事終わり?」
「こんばんは。料理はいつものお願い。」
「いつものメロンパンのサンドイッチ?」
「いや、いつもそんなの食べてない……。」
「カスタードプリンのベーコン巻きだっけ?」
「いや、だからそんな料理じゃなくて……え、なにそれ?!」
「マスター、カスタードプリンのベーコン巻きひとつー。」
「ちょっと待って、注文してないよ!?」
「あいよ、ハーブのタルトとチーズピザ了解。」
「……なんでそれで通じてるの!?
まぁいいや。
今日の新聞、置いてある?」
「はいはい、いつもの新聞ね……
あれ?
さっきまでそこにあったはずなんだけどー?」
「……こっち見ても、私は知らないわよ。」
「じゃあ、サフランちゃんが食べちゃった?」
「ボクしろヤギさんじゃないよ!」
「わかったわ。犯人は世の中にいる!」
「あたりまえじゃない。」
「ああ、すまん。わしが読んでた。ほれ。」
「……なんだ、犯人パパだったの。つまんない。」
「どういう展開を期待してたのよ?」
「サフランちゃんとの濡れ場とか?」
「どこをどう間違ったらそんな方向に話が飛ぶのよ!」
「ぬればってなに?」
「……世の中、知らない方が幸せなこともあるんだよ、サフラン。」
「ふにゅう?」
「それよりも、毎日毎日新聞読んでて楽しい?」
「うん、まぁ。ていうかこれでも一応新聞記者だし。」
「新聞なんて掃除と料理の時にしか使わないから、滅多に読まないのよねー。」
「普段からちゃんと読みなさいよ。」
「だってうちの酒場、
『バレンタインブリーズ』一紙しか取ってないから、
どこを読んでもあんまり面白くないんだもーん。」
「だったら俺が記事書いてる新聞、『シルバニアタイムス』も取ってくれよ……。」
「ねぇパパ、どうしてうちは昔から『バレンタインブリーズ』紙なの?」
「わしも詳しくは知らんが、
この酒場が出来た当初から
ずっと『バレンタインブリーズ』一紙が伝統らしいな。」
「どして?」
「恐らくは、
この酒場の初代マスターが
バレンタイン港出身だったからではないのかね。」
「ねぇねぇ、ボク新聞ってあんまり読まないんだけど、
『しるばにあたいむす』と『ばれんたいんたいむす』って
どう違うの?」
「字が違うのよ☆」
「そっかー。」
「そんな適当な説明しないの!
サフランもそれで納得しない!
具体的には、記事の傾向が違うのよ。」
「けいこう?ほたるのひかり?」
「シルバニアタイムスは国内情報が満載で
最新ニュースが目白押しだけど、
バレンタインブリーズは老舗だけあって国際情報豊富なのよ。」
「あんな事実しか書いてない新聞のどこが楽しいんだ。」
「まったくよねー。」
「新聞は真実を伝えるものでしょっ!
娯楽誌じゃないんだから、
嘘ばっかり連ねてどうするのよっ。」
「――人間、真実を知れば知るほど不幸になる。
だったら胡蝶の夢のごとく、
与えられた箱庭の中で暮らすほうが幸せなのかもしれない……。」
「何をぶつぶつ言ってるのよ?」
「なんでも。」
「ねぇねぇ、
いまいちよく分からないんだけど、
具体的にどう違うのー?」
「そうね、二紙を並べて
読み比べてみるのも面白いかもしれないわね。
でもここにはバレンタインブリーズしか……。」
「はい、今日のシルバニアタイムス。」
「アンタ持ち歩いてるの?」
「社員の鏡だからね。えっへん。」
「それを言うなら鑑よ。」
「……仕方ないだろ、校正担当じゃないんだから。」
「なにその言い訳。」
「それで、そっちの新聞には何書いてあるのー?」
「バレンタインブリーズの一面は……と。
『セリフォス憲兵隊とシルバニア市民軍、
コバルト海にて共同訓練を実施』らしいわ。」
「えっとねー、シルバニアタイムスの一面はねー、
『銀狼帝レインの後宮か?
カイザリアの廃墟に謎の地下入口発見!』だって!」
「うん。地下通路へと繋がる隠し蓋が
玉座の真下から発見されたらしいんだ。
しかも『これを永久に封ず』っていう銀狼帝のサイン入りで。」
「ぎんろーてー?どっかの国の昔の偉い人だっけ?」
「そうそう。
専属のメイドといちゃいちゃらぶらぶ、
子だくさんだったっていう☆」
「……レインの妻が誰だったのかと、
子供の有無については公式記録が一切残って
いなかったはずよね?」
「いいじゃない、希望的観測を持つぐらい!
男勝りな年増とか、三つ編み田舎娘とか、サムライ男とか、
きっと数多くのライバルを乗り越えて結ばれたんだわ!」
「なんでそんなにライバルが具体的なのよ。」
「なんとなく?てへっ☆」
「どうせ単に、秘密の隠し通路か何かだったんじゃないの?」
「じゃあじゃあ、ウィノはどうしてそう思うのよー?」
「だってネルクスの塔が建設されたのが、
ちょうど同じぐらいの時代でしょ?
だったら塔への隠し通路が同時に作られたとしても不思議じゃないわ。」
「むーっ。つまんないーっ!」
「ほへー。ウィノ、詳しいんだねー。」
「王立劇団は歴史を演劇で伝えるのが目的だからね。」
「あー、そっか、ウィノナは劇団員だったっけ。」
「劇物取り扱う人?」
「違うわよ!……そ、そりゃ、確かに
実家にはなんか危険な物がごろごろしてるけど、
それは劇団員とは言わないのっ!」
「ねぇねぇ、危険なものってー?」
「ふるえるわかめとか。いる?」
「ボク、いらない。」
「それで、地下入口と後宮の関連性の根拠は何?」
「希望的観測?」
「……つまり証拠なんかないのね?」
「うん。」
「希望的観測で記事を書くんじゃないわよ!」
「え、その言葉、流行ってるの?」
「流行ってない流行ってない。」
「サフランちゃんの胸は、絶望的観測?」
「がーん!
そんなことないもん!あと数年もしたら、
きっとおねーちゃんみたいにおっきくなるもん!」
「揉めばおっきくなるっていう迷信もあるし、手伝ってあ・げ・る☆」
「え、迷信なの!?」
「うふふふふ。さぁ、こっちへおいで、サフランちゃん☆」
「ふにゅう、なんでほっぺたのばすのー!?」
「サフランちゃんの場合、こっちのほうが柔らかいし?」
「ふにゅう、あんじぇー、だからのばしちゃいやーっ。」
「何馬鹿なことやってんのよ!まったく……。
――それにしてもフィル、
アンタそんな記事書いてて、よくクビにならないわね。」
「いやいや。
編集長も俺の書いたこの記事絶賛してくれたよ!
歴史浪漫に溢れてるって!」
「そうよそうよ。銀狼帝レイン様のらぶらぶ部屋は乙女のロマンなのよ!」
「貴方達の局地的なロマンはどうでもいいから。
それで、こんな記事が一面飾ってるけど、
ホントに絶賛されてるの?」
「もちろん! 社内では少数派だけど……。」
「で、今の編集長って誰?」
「ユカワ編集長、俺の叔父。」
「…………。」
「あいよ、料理お待ち。カスタードプリンのベーコン巻き。」
「ちょっと待って、だからそれは注文してないよ!?」