4つ星の酒場


★ 第五話 『紙の上の日常』 ★


からんころん

アンジェリカ 「いらっしゃいませー☆ あら、フィル。お仕事終わり?」

フィル 「こんばんは。料理はいつものお願い。」

アンジェリカ 「いつものメロンパンのサンドイッチ?」

フィル 「いや、いつもそんなの食べてない……。」

アンジェリカ 「カスタードプリンのベーコン巻きだっけ?」

フィル 「いや、だからそんな料理じゃなくて……え、なにそれ?!」

アンジェリカ 「マスター、カスタードプリンのベーコン巻きひとつー。」

フィル 「ちょっと待って、注文してないよ!?」

マスター 「あいよ、ハーブのタルトとチーズピザ了解。」

フィル 「……なんでそれで通じてるの!?
 まぁいいや。
 今日の新聞、置いてある?」

アンジェリカ 「はいはい、いつもの新聞ね……
 あれ?
 さっきまでそこにあったはずなんだけどー?」

ウィノナ 「……こっち見ても、私は知らないわよ。」

アンジェリカ 「じゃあ、サフランちゃんが食べちゃった?」

サフラン 「ボクしろヤギさんじゃないよ!」

アンジェリカ 「わかったわ。犯人は世の中にいる!」

ウィノナ 「あたりまえじゃない。」

マスター 「ああ、すまん。わしが読んでた。ほれ。」

アンジェリカ 「……なんだ、犯人パパだったの。つまんない。」

ウィノナ 「どういう展開を期待してたのよ?」

アンジェリカ 「サフランちゃんとの濡れ場とか?」

ウィノナ 「どこをどう間違ったらそんな方向に話が飛ぶのよ!」

サフラン 「ぬればってなに?」

フィル 「……世の中、知らない方が幸せなこともあるんだよ、サフラン。」

サフラン 「ふにゅう?」


 ・・・・・・

アンジェリカ 「それよりも、毎日毎日新聞読んでて楽しい?」

フィル 「うん、まぁ。ていうかこれでも一応新聞記者だし。

アンジェリカ 「新聞なんて掃除と料理の時にしか使わないから、滅多に読まないのよねー。」

ウィノナ 「普段からちゃんと読みなさいよ。」

アンジェリカ 「だってうちの酒場、
 『バレンタインブリーズ』一紙しか取ってないから、
 どこを読んでもあんまり面白くないんだもーん。」

フィル 「だったら俺が記事書いてる新聞、『シルバニアタイムス』も取ってくれよ……。」

アンジェリカ 「ねぇパパ、どうしてうちは昔から『バレンタインブリーズ』紙なの?」

マスター 「わしも詳しくは知らんが、
 この酒場が出来た当初から
 ずっと『バレンタインブリーズ』一紙が伝統らしいな。」

アンジェリカ 「どして?」

マスター 「恐らくは、
 この酒場の初代マスターが
 バレンタイン港出身だったからではないのかね。」

サフラン 「ねぇねぇ、ボク新聞ってあんまり読まないんだけど、
 『しるばにあたいむす』と『ばれんたいんたいむす』って
 どう違うの?」

アンジェリカ 「字が違うのよ☆」

サフラン 「そっかー。」

ウィノナ 「そんな適当な説明しないの!
 サフランもそれで納得しない!
 具体的には、記事の傾向が違うのよ。」

サフラン 「けいこう?ほたるのひかり?」

ウィノナ 「シルバニアタイムスは国内情報が満載で
 最新ニュースが目白押しだけど、
 バレンタインブリーズは老舗だけあって国際情報豊富なのよ。」

フィル 「あんな事実しか書いてない新聞のどこが楽しいんだ。」

アンジェリカ 「まったくよねー。」

ウィノナ 「新聞は真実を伝えるものでしょっ!
 娯楽誌じゃないんだから、
 嘘ばっかり連ねてどうするのよっ。」

フィル 「――人間、真実を知れば知るほど不幸になる。
 だったら胡蝶の夢のごとく、
 与えられた箱庭の中で暮らすほうが幸せなのかもしれない……。」

ウィノナ 「何をぶつぶつ言ってるのよ?」

フィル 「なんでも。」

サフラン 「ねぇねぇ、
 いまいちよく分からないんだけど、
 具体的にどう違うのー?」

ウィノナ 「そうね、二紙を並べて
 読み比べてみるのも面白いかもしれないわね。
 でもここにはバレンタインブリーズしか……。」

フィル 「はい、今日のシルバニアタイムス。」

ウィノナ 「アンタ持ち歩いてるの?」

フィル 「社員の鏡だからね。えっへん。」

ウィノナ 「それを言うなら鑑よ。」

フィル 「……仕方ないだろ、校正担当じゃないんだから。」

ウィノナ 「なにその言い訳。」

サフラン 「それで、そっちの新聞には何書いてあるのー?」

ウィノナ 「バレンタインブリーズの一面は……と。
 『セリフォス憲兵隊とシルバニア市民軍、
  コバルト海にて共同訓練を実施』らしいわ。」

アンジェリカ 「えっとねー、シルバニアタイムスの一面はねー、
 『銀狼帝レインの後宮か?
  カイザリアの廃墟に謎の地下入口発見!』だって!」

フィル 「うん。地下通路へと繋がる隠し蓋が
 玉座の真下から発見されたらしいんだ。
 しかも『これを永久に封ず』っていう銀狼帝のサイン入りで。」

サフラン 「ぎんろーてー?どっかの国の昔の偉い人だっけ?」

アンジェリカ 「そうそう。
 専属のメイドといちゃいちゃらぶらぶ、
 子だくさんだったっていう☆」

ウィノナ 「……レインの妻が誰だったのかと、
 子供の有無については公式記録が一切残って
 いなかったはずよね?」

アンジェリカ 「いいじゃない、希望的観測を持つぐらい!
 男勝りな年増とか、三つ編み田舎娘とか、サムライ男とか、
 きっと数多くのライバルを乗り越えて結ばれたんだわ!」

ウィノナ 「なんでそんなにライバルが具体的なのよ。」

アンジェリカ 「なんとなく?てへっ☆」

ウィノナ 「どうせ単に、秘密の隠し通路か何かだったんじゃないの?」

アンジェリカ 「じゃあじゃあ、ウィノはどうしてそう思うのよー?」

ウィノナ 「だってネルクスの塔が建設されたのが、
 ちょうど同じぐらいの時代でしょ?
 だったら塔への隠し通路が同時に作られたとしても不思議じゃないわ。」

アンジェリカ 「むーっ。つまんないーっ!」

サフラン 「ほへー。ウィノ、詳しいんだねー。」

ウィノナ 「王立劇団は歴史を演劇で伝えるのが目的だからね。」

フィル 「あー、そっか、ウィノナは劇団員だったっけ。」

アンジェリカ 「劇物取り扱う人?」

ウィノナ 「違うわよ!……そ、そりゃ、確かに
 実家にはなんか危険な物がごろごろしてるけど、
 それは劇団員とは言わないのっ!」

サフラン 「ねぇねぇ、危険なものってー?」

ウィノナ 「ふるえるわかめとか。いる?」

サフラン 「ボク、いらない。」

ウィノナ 「それで、地下入口と後宮の関連性の根拠は何?」

フィル 「希望的観測?」

ウィノナ 「……つまり証拠なんかないのね?」

フィル 「うん。」

ウィノナ 「希望的観測で記事を書くんじゃないわよ!」

サフラン 「え、その言葉、流行ってるの?」

ウィノナ 「流行ってない流行ってない。」

アンジェリカ 「サフランちゃんの胸は、絶望的観測?」

サフラン 「がーん!
 そんなことないもん!あと数年もしたら、
 きっとおねーちゃんみたいにおっきくなるもん!」

アンジェリカ 「揉めばおっきくなるっていう迷信もあるし、手伝ってあ・げ・る☆」

サフラン 「え、迷信なの!?」

アンジェリカ 「うふふふふ。さぁ、こっちへおいで、サフランちゃん☆」

サフラン 「ふにゅう、なんでほっぺたのばすのー!?」

アンジェリカ 「サフランちゃんの場合、こっちのほうが柔らかいし?」

サフラン 「ふにゅう、あんじぇー、だからのばしちゃいやーっ。」

ウィノナ 「何馬鹿なことやってんのよ!まったく……。
 ――それにしてもフィル、
 アンタそんな記事書いてて、よくクビにならないわね。」

フィル 「いやいや。
 編集長も俺の書いたこの記事絶賛してくれたよ!
 歴史浪漫に溢れてるって!」

アンジェリカ 「そうよそうよ。銀狼帝レイン様のらぶらぶ部屋は乙女のロマンなのよ!」

ウィノナ 「貴方達の局地的なロマンはどうでもいいから。
 それで、こんな記事が一面飾ってるけど、
 ホントに絶賛されてるの?」

フィル 「もちろん! 社内では少数派だけど……。

ウィノナ 「で、今の編集長って誰?」

フィル 「ユカワ編集長、俺の叔父。」

ウィノナ 「…………。」

マスター 「あいよ、料理お待ち。カスタードプリンのベーコン巻き。」

フィル 「ちょっと待って、だからそれは注文してないよ!?」


そして、夜は更けていく……。


第五話 『紙の上の日常』 おわり。



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