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■ いつの日か陽の下で 第八話 ■

遠い海の波間を、三角刑のマストを全開にした高速船が駆けてゆく。見上げれば空にはカモメの群れ。さらに視線を上げれば、海と大地へ燦々と降り注ぐ太陽の目映い光。
プロンテラ衛星都市イズルード。
防衛と交易の要所として作られたこの町の片隅で、ベンチに腰をかけた一人の青年が海を眺めていた。
黒い髪にほんのすこしだけ赤く日焼けした肌。線の細い身体のラインは、お世辞にも男らしいとは言えない。だがそれはこの青年の整った顔と一致して別の魅力を生み出していた。
南東の方角へと――恐らくアルベルタ港の方角であろう――あっという間に水平線の彼方へと消えていった小さな帆船を見送ると、彼はため息をついてそのまま空を見上げた。
「ね、なにしてるの?」
見上げたそこには太陽と空だけがあるはずだった。けれど視界に飛び込んできたのは、青年と似た色の髪を持つ美少女の顔。
逆さなのは、背中側から青年の顔をのぞき込んでいたからだ。危うくその額にキスするところだった。青年は飛び跳ねそうになる心臓に軽く手を当てると、ゆっくりと振り向き少女を見遣る。
どこの子だろうか。自分の生まれ育ったこのイズルードにはいなかったはずだ。けど、その雰囲気は自分とどことなく近い。まだ数回しか行ったことはないけれど、もしかしたらプロンテラの子なのだろうか。
「隣、座ってもいい?」
青年はどう声をかけようかと考えあぐねていたが、少女の方から先にそう声を掛けてきた。
「あ、うん。」
短く返事をすると、少し腰をずらして席を譲る。
「ありがとう。」
少女は切りそろえられた前髪を揺らしながらちょこんとお辞儀をすると、スカートの膝裏に両手を添えてゆっくりと青年の隣へと座る。
膝と膝が触れるほどでもなく、かといって間にもう一人が座れるほどでもない微妙な距離。少し残念なような、けれど胸の動悸を聞かれずに済むことにホッとしたような、複雑な心境が青年の胸の中を駆けめぐる。
海からの潮風が、二人の頬と髪を優しく撫でる。
青年も少女も、ただじっと遠くを見つめている。ただ聞こえるのは波の音と、空を飛ぶカモメの鳴き声。
先に口を開いたのは少女の方だった。
「お日様、綺麗だよね。あたしお日様って大好き。きらきらしてて、見る度に自分が生きてるんだっていう実感が湧いてくるの。」
独り言なのか問いかけているのかわからないような口調で続ける。
「こんなに日差しがいいと、ピクニックとかしたくならない?」
ピクニック。ピクニック。ピクニック。何故だろう、その言葉を聞いただけでこんなに胸が躍るのは。
少女の顔を見つめる。細くて美しい曲線の眉、ガラス玉のように大きな瞳、そしてほんの少し尖った小さめの顎。
初めて見る顔なのに、どこか懐かしい。まるで遠い昔から知っていたのではないかと思えるような錯覚すら覚える。なんだろう、この胸の奥を騒がすおもちゃの行進曲は。
「なぁに、あたしの顔なにかついてる?」
きょとんとした瞳で青年を見つめ返す少女。どうしたの?と言わんばかりの目だ。
「あ、ごめん。つい、その、綺麗だなって。」
あああ、僕は何を言っているんだ。反射的に口から飛び出した言葉に自分で恥ずかしくなり、思わずうつむく。
「くすっ。……ありがとう。」
その笑顔はちょっと照れくさそうな表情をしている。
「そうだ、まだ聞いてなかったね。」
「ん?」
ぱっと両手を広げると、今度は彼女の方から瞳をのぞき込んでくる。
「ねぇ、キミ、名前はなんていうの?」
少女はゆっくりと小首をかしげながら、その大きな瞳に青年の姿を映し、一言ずつ区切るように質問を投げかける。
青年はその瞳を見つめ、一呼吸を置いた後こう続けた。静かに、だがはっきりと。
「僕の、僕の名前は――。」

優しい太陽の光が二人を包み込む。
生まれてくる以前のことなど知る由もない二人。けれど彼らは、再び恋をする。




おしまい。
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