『真実の抹消者(後編)』
「バレンタイン港にシルバニア唯一の高等学院、
つまりは最高学府がある。そこで生理学の教鞭を執っていた
ラントシュタイナーという軍医がいた。」
「……文末が過去形だな。いつの話だ?」
「つい二週間前までの話だ。」
「失踪したのか?」
「彼とは個人的にも親交があったのだが、
あれほどの真面目な人間が、1歳になったばかりの一人娘を残したまま、
行方をくらますとは考えにくい。」
「そこでワシの師団から一個中隊を派遣して
捜索に当たらせたのだが……。
残念ながら、発見された時には既に息絶えていた。」
「それはご愁傷様だったな。犯人の手がかりは?」
「あれば苦労はしていない。
その後の調査で、彼の研究ファイルが一冊
行方不明になっている事が判明した。」
「何の研究をしていたんだ?」
「……魔導原本、という伝説を知っているかね。」
「魔導原本?」
「魔導の真髄が記されたという、
著者不明の7枚の紙片。
ラントシュタイナーは、その研究をしていたらしい。」
「遠い昔にセリフォスの大図書館から譲渡され、
以降ずっとこの国で保管していたのだが、
今回特例として研究目的で一時的に貸し出しをしていたようでな。」
「恐らく、そこを狙われたのだろう。」
「なるほど。」
「その魔導原本自体は、丁度彼が行方不明になる前日にシルバニアに戻された。
ただ、研究内容についてまとめた書きかけの論文と資料が、
まるごと行方不明になっているという話だ。」
「とすれば、研究対象を知っていた身内が怪しいんじゃないのか?」
「一応その線でも調べてはいるが、
当日に会議が開かれたこともあり、出席者にはアリバイが存在している。
欠席者はラントシュタイナーただひとり。」
「誰かが外部の人間に依頼した可能性は?」
「もちろんある。
その線を考え、残された彼の妻に
不審な人物を見掛けなかったか問うた所――。」
「事件の前日、見知らぬ旅人が尋ねてきた、と。」
「それで、犯人の有力候補が外国の人間になったわけか。」
「その旅人は、彼女にこう名乗っている。」
「?」
「ジェイムス=エディソン、と。」
「!?
ち、ちょっと待て。
ジェイムス=エディソン?」
「知っているのか?」
「俺がさっき追っていた男がそいつだ。
だけど、二週間前ならあの男はホワイトテイル市にいたはずだ。
この俺が追跡して目撃している。」
「……どういうことだ?」
「いや、それは俺が聞きたい。
本当にその殺された軍医のラント――
シュタインだったか?」
「ラントシュタイナー。」
「そのラントシュタイナーに会いに来た旅人は、そう名乗ったのか?」
「無論。」
「……弟子だったジャンヌならともかく、
師匠である奴の名前を知っている人間はそう多くない。
5年前の事件を知る誰かがこの国にいるということか?」
「ふむ。そちらにも何か裏がありそうだな。」
「しかし、さっきから俺に情報を与えすぎじゃないのか?」
「もし、お前がラントシュタイナーの件に関与していたのなら、
話が進むたびに目の色を変えたことだろう。
だが、どうやら本当に何も知らないようだ。」
「――つまり?」
「全て知っているというのであれば、
重要参考人として逮捕するつもりだった。
だが、そうでなければ、心強い味方を一人つけることができる。」
「……裏情報を伝えた所で、
既に知っていればその内容に価値はなく、
知らなければ巻き込める、ってことか!?」
「うむ。話が早いな。そういうことだ。」
「この野郎、ハメやがったな……!」
「お主とて、先程の名前に何か心当たりはあるのだろう?
敵でないと分かった以上、
情報交換しておいて損はあるまい。」
「――そういや名前を聞いてなかったな。」
「ボイス=ハーシェル、王立軍副将軍だ。」