『真実の抹消者(後編)』
「――この港町も、大きく変わったな。
だが所々に昔の面影がある。
そういや……この街角だったな。」
「いつもここで、絵を描くふりをしながら
ずっと通行人の観察を続けていた。
いや、実際ふりではなく、絵を描いていたわけだが。」
「確かに小銭稼ぎとしては役にたった。
だが、優先すべきは至上命題であり、
絵画など所詮は片手間にすぎなかった。」
「……そうだな。
もう一度だけ、思い出に溢れたこの街を、
任務とは関係なしに描いてみるのも悪くはないかもしれないな。」
「――もう、私に生きる役目などないのだ。
当時の私を知っている人間も、
皮肉なことにあの男以外誰も生きてはいない。」
「愛したエリカすら――。」
「やぁっ!たぁっ!」
「…………。」
「あわっ。」
「お嬢ちゃん、そんなところで何をやってるんだ?」
「ん……強くなりたいの。」
「強く?」
「うん。強く。
……あたしが生まれてすぐに、お父さんころされたから。
もう、たいせつなひとたちをなくしたくないの!」
「なるほど……。
それで見よう見まねで、武術の練習か。
えーと――お嬢ちゃん、名前は?」
「エリーゼ。エリーゼ=ラントシュタイナー。」
「!!!」
「……どうしたの、おじちゃん?」
「――なんという、ことだ……。
本当に、ラントシュタイナーなのか?
確かにその髪の色、そっくりだ……お前が?」
「ん。これはお父さんゆずりの髪色なんだって。」
「――――絶望という暗闇の中で、
たったひとつの希望を拾う事になろうとは……。
運命よ。私に、まだ生きろということか。」
「おじちゃん、大丈夫?顔色わるいよ?」
「……私はかつて、とある格闘術を知っていた。
いや、編みだしたと言うべきか。
対魔導戦に於いては、恐らく最強であった事だろう。」
「!!!
教えて!
その技を、教えて欲しいの!」
「……残念だが、それはもう役目を止めた技なのだよ。」
「いつか好きな人を守れるように強くなりたいの!
もう二度と後悔したくないの。
目の前で、大好きな人を失うのはもうごめんなの!」
「わたし忘れない!
あのときの哀しい感情だけはぜったいに忘れない!
だから、だから強くなりたいの!」
「…………。」
「…………。」
「……私の負けだ。
何が嬢ちゃんをそこまで動かすのかわからんが、
その情熱と髪の色に負けた。よかろう。」
「本当!? 本当に教えてくれるの!?」
「ああ。私が知る限りのほぼ全ての技を授けよう。
このメーヴィウス対魔導格闘術、
お主が、私の最後の弟子だ。」
「うん、わかった!
約束だよ!
絶対に、絶対にわたし強くなる!」
「あ、夕飯の時間だ……帰らなきゃ……どうしよう。」
「ははっ、慌てる事はないさ。
それなら特訓は明日からだ。
それでいいだろう?」
「分かった、絶対だよ!」
「大丈夫だ、私は毎日ずっとここにいる。
もう一度ここで、絵を描いてみたい。
そうだな、まず画材を買い戻さないと。」
「……そういえば、おじちゃん。」
「うん?」
「なんて呼べばいいの?おじちゃん師匠でもいいけど……。」
「ん?私か?
――私の名前は、ジェイムス=エディソン。
年寄りながらも今から画家を目指す、たった一人の風来坊さ。」
「なぁ、エリカ。そうだろ?
お前は俺がいなくても子供を育ててくれた。
今度は俺が、そのお返しをする番だ。」