『想いの交錯するお店』 Forbidden Palace Library::

ディラック商店



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ディラック商店

グリフィス 「ん?まてよ、ってことは師匠のほうはまだ生きているのか?」

マティルダ 「たぶんね。噂ではバレンタインで、暗殺者としてではなく
 格闘家としての最後の弟子を育てたあと、
 各地を放浪する旅に出たという話だけど……。」

グリフィス 「消息不明?」

マティルダ 「今のところはね。
 風の噂では画家になったっていう話だけど、
 それ本当かどうかは知らないわ。」

グリフィス 「意外と市民に紛れ込んで普通に生活してたりするんじゃねぇのか?」

マティルダ 「かもしれないわね。
 遠くにいると思っている人ほど、
 意外と身近にいたりするのよね。」

グリフィス 「で、その二本の剣のうちの片方が、この剣ってわけか?」

マティルダ 「剣?
 ……えっと、そうそう。
 すごいでしょ、これがそうなのよ。」

グリフィス 「今明らかに剣のこと忘れてただろ?」

マティルダ 「やーねー、そんなことないわよ。
 ほら、伝説の剣が目の前に在ると緊張しちゃうじゃない?
 それで少し動揺してたのよ。」

グリフィス 「ん?ちょっと待て、マティルダ。
 よく見たらこれはシルバニアンスタンディングソード、
 王立軍の常備剣じゃねぇか。それも割と最近の型だぞ。」

マティルダ 「……へぇ、やっぱり武器防具に関してだけは目が利くのね。」

グリフィス 「俺も一応は王立軍の師団長なんだけど。
 ん? けどなんで一般には売られていないはずの
 剣がこんなところにあるんだ?」

マティルダ 「入手経路は言えないけど、どこからか自然に流れてくるものなのよ。」

グリフィス 「これがバレたらレナードの奴驚くだろうなぁ……。
 ってことはなんだ?
 この剣を暗殺者グリフィスの品と騙して俺に売ろうとしていたのか?」

マティルダ 「騙すなんて人聞き悪いわね。
 あたしはグリちゃんにお金で
 夢を売ってあげようとしたんじゃない。」

グリフィス 「それを詐欺というんだぁぁぁぁぁっ!!!」

マティルダ 「だって貴方、いつもどことなく悲しそうな顔してるから。」

グリフィス 「え……俺、そんな悲しそうな顔してるか?」

マティルダ 「ええ。そのヘルムで心の中にある虚しさを、
 更に奥底へ隠そうとしているように見えるわ。
 貴方は意識してないのかもしれないけど、悲しみは伝わってくるのよ。」

グリフィス 「……ちょっとバレンタインに置き遺したものがあってな。
 シルバニアに来てから、ずっと気がかりなんだ。
 あいつ、寂しくないかなって。」

マティルダ 「そっか……誰か、亡くしたのね。」

グリフィス 「ああ、ちょっと大切な相棒をな……。
 ……ん?
 なあ、なんか話がはぐらかされた気がするんだが……。」

マティルダ 「気のせいよ。
 いいカモ……いえ、常連客のことぐらい、
 一目見ればわかるわよ。」

グリフィス 「いま一瞬何か言いかけなかったか?」

マティルダ 「言ってないわよ。だからきっと虚しい幻聴じゃない?」

グリフィス 「そうか?何かいまいち腑に落ちないんだが……。」

マティルダ 「それで、今日の用事はそれだけ?」

グリフィス 「おおっ!そうだそうだ。
 いつものペースで大事な用を忘れるところだった。
 ……マティルダ、一つ頼みがあるんだが。」

マティルダ 「なぁに?」


どさっ

グリフィス 「俺と、もう一人の相棒が傭兵の頃使っていた旅道具一式だ。
 もう2年近く使ってないから、
 中身がダメになっているものもあると思う。」

マティルダ 「ずいぶん年季の入った袋ねぇ。」

グリフィス 「この中で使えなくなっているものが色々あると思うんだ。
 それらを新しい物に取り替えておいてくれないか?
 かかった費用は後から全額払うからさ。」

マティルダ 「え……?」

グリフィス 「ただ、そのまま使えるものはなるべくそのままで、
 買い換えたほうが安くても、なるべく修理で済ませて欲しいんだ。
 面倒かもしれないけど、頼まれてはくれねぇか?」

マティルダ 「……グリフィス。
 貴方もしかして、冒険者に戻るつもりなの?」


グリフィス 「今すぐにってわけじゃねぇけど、
 いつでも戻れるようにしておきたいんだ。
 相棒と二人で旅をしていた昔のように。」

マティルダ 「シルバニアにいるよりバレンタインにいた方が
 貴方の想い人を近くに感じられるから?
 そういうこと?」

グリフィス 「……何もかも見透かされてるんだな。」

マティルダ 「あたりまえよ。
 あたしは貴方よりも20年以上長く生きているのよ。
 伊達に色々な人生見てきていないわよ。」

グリフィス 「え?20年以上ってことは…………。」

マティルダ 「ちょっと、人の年齢を計算しないのっ!
 乙女に失礼でしょっ!」


グリフィス 「いやどう考えても乙女って年じゃねぇだろ。」

マティルダ 「いちいち虚しいこと言うのね。
 まぁいいわ。そういうことなら任せて。
 いつでも旅立てるようにきちんと整えといてあげるから。」

グリフィス 「ああ、さんきゅ。」

マティルダ 「けど、旅立つ前にはきちんとあたしに声かけるのよ。
 それまでこの荷物は預かっておくわね。」


グリフィス 「色々と、すまねぇな。」

マティルダ 「何言ってんの。大事なお客さんでしょ。」

グリフィス 「……ってことは。」

マティルダ 「ってことは?」

グリフィス 「俺の年齢に最低20を加算するとして……」

マティルダ 「グリちゃんっ!だから計算しないのっ!!!」

グリフィス 「俺はグリちゃんじゃねぇえええっ!!!」


今日も明日もマティルダの商売は、いつもと変わらず続いていく。
そこに踏み入れる者達の、様々な思いを交錯させながら――。

おしまい。

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