「……エルメキア礼法議会からは本来の礼も法も失われ、
富と権力と欲望のみが全てを支配している。
――腐っているのよ、ようするに。」
「ふむ。」
「あ、ちょっとそこのトングを取って。
そう、それ、木製の。ありがとう。
あとついでにこの小瓶、その棚に仕舞っといて。」
「……ふっ。
何故私が小間使いのようなことをせねばならぬのだ。
この家にはあのエーデルという執事がいるだろう。」
「立ってる者は親でも使えって習わなかった?」
「……やはり貴様の父親バザルトとは、
一度じっくりと話がしてみたかったな。
まぁいい、それで議会がどうなっていると?」
「そんな腐敗した状態がかれこれ10年以上も続いているのよ。
ただでさえそれが異常なのに、もっと異常なのは
それを止めようとする人が誰もいない。」
「ならば何故貴様がそれをしない?」
「いーえ。私は法員でもないし、第一そんなに無謀じゃないわ。
勝てない戦争を仕掛けて自滅するぐらいなら、
ここで本の山に埋もれて死んだ方がマシよ。」
「一人では勝てない。そういうわけか。」
「そうよ。ある程度名の知れた魔導技師達はもうこの国に殆どいないし、
それ以外の知識人達も南方の開拓地へ移住しちゃったわ。
残ったのは、私みたいにこの地に未練がある者だけ。」
「未練? 帰らない父親を待っているのか?」
「率直に言うのね。
……でも……その通りよ。
ずっと父に育てられてきたから、ファザコンなのかも。」
「ふむ。父親への愛、か。」
「そりゃあ、ね。
……私には母の記憶はないけれど、
父は私を見る度に母を思いだしてた。」
「私は、そんな父が不憫だった。
端から見れば何の不自由もない生活なのに、
本人はいつも悲しそうだった。だから……。」
「……って、来客にこんな事話しても仕方ないわね。
ごめん、なんでもないの。
忘れて。」
「一人で勝てぬとも、二人なら勝てるのか?」
「え?二人?」
「そうだ。貴様と、私とで、議会に、だ。」
「……冗談でしょ?
通りすがりの貴方になにができるのよ。
私ね、たちの悪い冗談は嫌いなの。」
「……ふっ。通りすがり、か。」
「今日は本当に気分が悪くなる日だわ。もう帰ってくれる?」
「ふっ。わかった。また後日様子を見に来るとしよう。」
「議会に、戦争を――?
……私には関係ないわ。
勝手にすればいいじゃない。」