Forbidden Palace Library / 『星降らす銀の天蓋』 /

■ 法都エルメキア
□ 中心部第一環状線

セディ 「もう一度言う。貴様はここに残れ。」

メルフィア 「え?」

エーデル 「何故です!?」

セディ 「ふっ、貴様はこの国にとって必要な人間だ。
 貴様の父親がそうであったように、
 貴様にはこの国を統べるがふさわしい。」

エーデル 「……父の事を、知っていたのですね。」

セディ 「前最高法師と同じ姓名だ。
 気づかぬわけがない。
 貴様は家柄という天性のものを持って生まれているのだ。」

セディ 「我々は今よりエルメキアという名の国家に反逆する。
 表舞台に生きるべき貴様がそれに付き従う必要はない。
 歴史の裏側のことは私に任せておけ。」

メルフィア 「……大言壮語ね。」

セディ 「ふっ、大言壮語かどうかはその目で見届けよ。」

エーデル 「ならば、わたくしも是非お供をいたします!」

セディ 「来るな。足手まといだ。」

エーデル 「なっ……!」

メルフィア 「ちょっと、セディ?」

セディ 「だいたい、現体制の崩壊後に、一体貴様以外の誰が
 このエルメキアを立て直すというのだ。
 ……憶えているか。貴様はかつて私にこう言ったな。」

エーデル 「?」

セディ 「法と秩序だけが人の目に最も美しいと映るならば、
 どれほど名だたる絵画作品よりも、
 ただ真っ白な一枚のキャンバスの方が美しいことになるはずだ、と。」

エーデル 「……はい。確かに申し上げました。」

セディ 「貴様は調和というものをよく理解している。
 法と混沌の両面を理解できる存在だ。
 それこそ国家元首となるに相応しい器だ。」

エーデル 「国家元首だなんて、そんな大それた事は。」

セディ 「ふっ、私は伊達に多くの人間を見てきていない。
 貴様にはその素質が備わっている。
 執事などという小さな器では貴様の本性は収まらぬはずだ。」

セディ 「言っておくが私は世辞など言わぬぞ。」

エーデル 「セディ様、貴方は一体……。」

セディ 「正体は知らぬ方がいい。それが貴様の為だ。
 エーデルヴァイスがラグランジュの血を引く一族なれば、
 勇気に於いては他の者に引けを取らぬと自負できよう?」

エーデル 「! ど、どうしてその古い姓名を!?」

セディ 「ふっ、やはり同じ瞳をしているな。
 危機に際して、ただ指をくわえることができない。
 その勇気、素直に褒め称えようぞ。」

セディ 「だが、今の貴様が為すべきは我々の戦後処理だ。
 一度壊れた体制を取り戻すには、強力な指導者が必要だ。
 貴様の姓名はそれに相応しい。」

エーデル 「しかし、それは亡き父の威光を借りるだけで私の力ではありません。」

セディ 「ふっ。貴様は家柄というものをどうやら理解していないようだな。
 父の威光だと? それは貴様にとって恥ずべきものなのか。
 貴様の親が貴様へと残してくれた偉大なる財産であろう。」

エーデル 「!?」

セディ 「名誉とは受け継がれるものではない。
 後に生まれた者に科せられた、乗り越えるべきハードルだ。
 貴様には最初からそのハードルが与えられているというだけの話。」

エーデル 「…………!」

セディ 「それを越えてこそ、貴様は一人前となれる。
 親の名誉と威光とは、甘んじるために存在しているのではない。
 自らに科せられたハードルを内外に示し、それを乗り越えるためにある。」

エーデル 「!!!」

セディ 「貴様は執事として、下の立場から多くのことを学んだであろう。
 そう、使われる側からの視点としてだ。
 ならば自らが上に立った時、何を為すべきかは自ずと分かるはず。」

エーデル 「……はい。」

セディ 「エーデルヴァイス。
 貴様には貴様の為すべき事がある。
 そのために邁進せよ。」

エーデル 「はい!」

セディ 「――メルフィア、貴様からも何か言うことはあるか。」

メルフィア 「……ん。
 貴方がいてくれたお陰で、私ずっと救われてた。
 けど、もう大丈夫。」

エーデル 「お嬢様……。」

メルフィア 「……エーデル。
 今まで、色々とありがとう。
 ―――元気でね。」


たっ

エーデル 「お嬢様っ!」

セディ 「エーデルヴァイス、後は任せたぞ。」


たったったっ


…………。

エーデル 「お嬢様……。
 未熟ゆえにお供できないこの私を、
 どうかお許し下さい……。」

エーデル 「そして必ず――この国を…………っ!」



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