「もう一度言う。貴様はここに残れ。」
「え?」
「何故です!?」
「ふっ、貴様はこの国にとって必要な人間だ。
貴様の父親がそうであったように、
貴様にはこの国を統べるがふさわしい。」
「……父の事を、知っていたのですね。」
「前最高法師と同じ姓名だ。
気づかぬわけがない。
貴様は家柄という天性のものを持って生まれているのだ。」
「我々は今よりエルメキアという名の国家に反逆する。
表舞台に生きるべき貴様がそれに付き従う必要はない。
歴史の裏側のことは私に任せておけ。」
「……大言壮語ね。」
「ふっ、大言壮語かどうかはその目で見届けよ。」
「ならば、わたくしも是非お供をいたします!」
「来るな。足手まといだ。」
「なっ……!」
「ちょっと、セディ?」
「だいたい、現体制の崩壊後に、一体貴様以外の誰が
このエルメキアを立て直すというのだ。
……憶えているか。貴様はかつて私にこう言ったな。」
「?」
「法と秩序だけが人の目に最も美しいと映るならば、
どれほど名だたる絵画作品よりも、
ただ真っ白な一枚のキャンバスの方が美しいことになるはずだ、と。」
「……はい。確かに申し上げました。」
「貴様は調和というものをよく理解している。
法と混沌の両面を理解できる存在だ。
それこそ国家元首となるに相応しい器だ。」
「国家元首だなんて、そんな大それた事は。」
「ふっ、私は伊達に多くの人間を見てきていない。
貴様にはその素質が備わっている。
執事などという小さな器では貴様の本性は収まらぬはずだ。」
「言っておくが私は世辞など言わぬぞ。」
「セディ様、貴方は一体……。」
「正体は知らぬ方がいい。それが貴様の為だ。
エーデルヴァイスがラグランジュの血を引く一族なれば、
勇気に於いては他の者に引けを取らぬと自負できよう?」
「! ど、どうしてその古い姓名を!?」
「ふっ、やはり同じ瞳をしているな。
危機に際して、ただ指をくわえることができない。
その勇気、素直に褒め称えようぞ。」
「だが、今の貴様が為すべきは我々の戦後処理だ。
一度壊れた体制を取り戻すには、強力な指導者が必要だ。
貴様の姓名はそれに相応しい。」
「しかし、それは亡き父の威光を借りるだけで私の力ではありません。」
「ふっ。貴様は家柄というものをどうやら理解していないようだな。
父の威光だと? それは貴様にとって恥ずべきものなのか。
貴様の親が貴様へと残してくれた偉大なる財産であろう。」
「!?」
「名誉とは受け継がれるものではない。
後に生まれた者に科せられた、乗り越えるべきハードルだ。
貴様には最初からそのハードルが与えられているというだけの話。」
「…………!」
「それを越えてこそ、貴様は一人前となれる。
親の名誉と威光とは、甘んじるために存在しているのではない。
自らに科せられたハードルを内外に示し、それを乗り越えるためにある。」
「!!!」
「貴様は執事として、下の立場から多くのことを学んだであろう。
そう、使われる側からの視点としてだ。
ならば自らが上に立った時、何を為すべきかは自ずと分かるはず。」
「……はい。」
「エーデルヴァイス。
貴様には貴様の為すべき事がある。
そのために邁進せよ。」
「はい!」
「――メルフィア、貴様からも何か言うことはあるか。」
「……ん。
貴方がいてくれたお陰で、私ずっと救われてた。
けど、もう大丈夫。」
「お嬢様……。」
「……エーデル。
今まで、色々とありがとう。
―――元気でね。」
「お嬢様っ!」
「エーデルヴァイス、後は任せたぞ。」
「お嬢様……。
未熟ゆえにお供できないこの私を、
どうかお許し下さい……。」
「そして必ず――この国を…………っ!」