「そろそろ、ボンちゃんの一周忌かー。
……んー、その言い方はちょっとおかしいかな?」
少女は鈴の鳴るような可愛らしい声で独り言を呟く。
フェイヨン地下洞窟――死者の遺棄されし自然の迷宮。ボンゴンと仮の名を与えられた少年がこの地底の住人となってから、既に一年近くが経とうとしていた。
ここから太陽を見ることは出来ない。けれど死者は洞窟の壁面に傷を付けることで独自の暦を維持し続けていた。それに何の意味があるのか、恐らく本人達もわかってはいない。まだ生きていた頃の風習を引きずっているだけなのかもしれない。
「ボンちゃん、男の子だからなー。花束なんか喜ばないかもしれないなぁ。」
洞窟に生えるのは色素を失った植物ばかり。それでもムナックはその白い花を一つずつ丁寧に摘みながら手の平で束にしていく。
「昔がんばって作った人形だって、本当に喜んでくれていたかわかんないし……。」
しゅんとうつむくムナック。その視線は両手に抱えられた作りかけの花束へと向いている。
「でも、こういうのは気持ちが大切なのよね。うん、そうそう。気持ち気持ち。」
死んでいるのに、この少女はとても前向きだ。あるいは死んでいるからこそ、もう後がないからこそ前を見続けることができるのかもしれない。
「おもちじゃないのよ気持ちなのー。」
よくわからない即興曲を口ずさみながら、うん、とひとり頷くと顔をぱっと明るくさせ再び花を摘もうとする。
――その時。
キィィィン
洞窟の中を、金属の擦れる甲高い音が響き渡った。
「えっ!?」
死者の肉体が持つ鈍い音ではない。明らかに外界から持ち込まれた異質な音。
ムナックは闇の中へと目をこらし、じっと精神を集中させる。
キィィィン ザシュッ
先程と同じような金属音に続き、何か柔らかいモノが裂けるような鈍い音がする。
「いまのは――!」
ちくりと胸が痛む。ふと脳裏に浮かんだのは、彼女の愛しい人――ボンゴンの姿。
それに気持ちの悪い匂いと気配――間違いない、人間だ。それも、生きている。なんで生きている人間がこんな洞窟の奥に? なんでいまさら! あいつらは、あたしたちを棄てたのよ!?
少女の胸の内に、生きていた頃の悲しみとその骸を棄てられた事への恨みがわき出す。
でもいまはそれ以上に、既に動いていないはずの心臓が彼女自身に胸騒ぎを告げる。
いまや自分が死者であり、霊に近い存在だからだろうか。俗に第六感と呼ばれているものが非常に研ぎ澄まされているのがわかる。
愛する人の身に、何かが起きている。それもほぼ間違いなく。
「ボンちゃんっ――!」
ムナックは花束を投げ捨てると、胸騒ぎのする方へと一目散に飛び跳ねていった。