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■ いつの日か陽の下で 第六話 ■



ムナックは傍に落ちていたボンゴンの武器――道士剣と呼ばれる剣を拾い上げると、ぎこちなく両手で構える。柄の先には小さな人形が揺れている。それはかつてムナックがボンゴンにプレゼントした手作りのものであった。今はその人形もどす黒い液体に濡れている。恐らくボンゴンの血液だ。少女はそのことにますます怒りを沸騰させる。
きちんとした武術など習ったことはない。けれど今は、本能がその構え方を教えてくれた。
《なんだ、このムナック。俺らに刃向かう気か?》
へっ、と嘲りの笑いを浮かべ、男騎士が腰の鞘から大振りの剣を抜きつつ吐き捨てるように言う。
《ボンゴンの武器で挑むとは面白ぇムナックだな。やっちまうか。》
その言葉を合図に魔道士が弓の字に折れ曲がった金色の杖を握りしめる。口先と舌禍から紡がれていく詠唱と共に、構えた杖の先に赤い光が帯びていく。
(ファイアボルト……っ!)
ムナックはその魔法がなんたるものかを知っていた。炎の矢を降り注がせる、死者にとって天敵たる属性の攻撃魔導。その標的は明らかに自分ではなく、その背後にいる今にも崩れ落ちそうなボンゴンへと向けられていた。
「させないっ!」
叫びと同時に道士剣が鮮やかに宙を凪ぐ。思わずその杖で攻撃を防ごうとする魔道士。それが幸いし、詠唱はそこで中断される。
《畜生、こいつ思ったより素早いぞ!》
《俺が攻撃してる間に詠唱しろ!》
《おう!》
体勢を立て直すように魔道士が再び杖を構える。ほんのわずかな間瞳を閉じて精神を集中させると、今度は先ほどと似て異なる呪文を唱え出す。ムナックはその詠唱を阻止すべく走りながら道士剣を下から振り上げるが、直前で横から飛び出てきた騎士の両手剣に弾かれる。
その剣と剣の反動を利用して舞うように自ら一回転し、今度は反対側の隙を突いて道士剣でなぎ払おうとするムナック。しかしその攻撃は、詠唱中の魔道士を庇うべくムナックとは反対側に身体を回転させた騎士の鎧にあっさりと防がれる。
すでに汗腺は壊死しているはずの背中に汗を感じる。二撃とも防がれた……マズイ、もう一撃を繰り出している時間はない。このままでは――。
その瞬間。

《ファイアーウォール!!!》

ゴウッ!

地面から業火の炎が立ち上る。それはどんな松明の明かりよりも目映く、そして久しく見ることの無かった光量。
その灼熱が自らの服へと燃え移り、腐敗している肉体をもゆっくりと焦がしていく。
「っ……くっ!」
足元から立ち上る炎が自分の身体の形を少しずつ瓦解させていくのを意識しながら、ムナックはそれでも全霊を賭けて最後の力を振り絞る。
(細胞のひとかけらが滅ぼされるまで、あたしは負けなんかしない……! よくも、よくもボンちゃんを!)
両手で握りしめた道士剣を、真っ直ぐに構えるとそのまま体重をかけて深々と魔道士の腹部へと突き刺す。
《ぐぁあああっ! こ、こいつ……っ!》
紅色の鮮血が飛び出す腹を両手でかばいながら、驚愕の表情で崩れ落ちる魔道士。
ムナックは飛び跳ねながら両足でそれを蹴飛ばすと、深々と刺さった魔道士を一気に引き抜く。裂けた傷跡から鮮やかに飛び散る血液。もとより赤いムナックの服が、血によって更に紅く染まってゆく。
剣を宙で一振りさせて血糊と脂を軽く払うと、その鋭い切っ先を今度は騎士へと向ける。
今まで侮っていた妖怪が突如、俊敏で無駄のない動作をとったことに、騎士は驚きの表情を隠せないでいる。
ムナックの瞳の奥に宿る暗い決意と、騎士の視線が交差する。
騎士は一瞬とはいえ自分に畏怖の心が生じたことに気づき、慌てて後退し剣を構え直そうと試みる。
がしっ。
だがその撤退は阻止された。何かが地面から騎士の足首を掴んだのだ。
《なっ!?》
慌てて下へと視線を移動させる騎士。その右足はボンゴンの両手にしっかりと捕まれていた。瀕死になりながらも、彼もまた愛する少女を守るため一瞬の隙を逃さなかったのだ。
《この、野郎っ!》
騎士はベルトに据え付けられた予備の短剣(スティレット)を抜き放つと、そのまま地面に伏しているボンゴンの背中へと突き刺す。
「――――――!」
まるで声にならない断末魔が絶叫する。一瞬、勝利の笑みを浮かべる騎士。だが、すぐにハッとする。そうだ、今の敵はこいつではない!
慌てて視線を上げると、そこには全身を炎に焦がしつつも、今なおその足を止めないムナックが目と鼻の先まで迫っていた。
「よくもぉぉぉおおおっ!!!」

ザシュッッッッ!

道士剣が深々と騎士の胸部を突き刺す。鎧の隙間に差し込まれた一本の鉄塊。騎士の喉から溢れる赤き液体がその鋭い杭を朱に染める。
《……ゴファッ。》
騎士は震える手でズボンのポケットから一枚の色鮮やかな羽根を取り出すと、それを力強く握りしめる。
瞬く間に騎士の身体は白い光に包まれ、次第にその形を薄めてゆく。生者を町へと呼び戻す魔法の道具、蝶の羽根と呼ばれるアイテムを使ったのであろう。
光が完全に消え去ったことを確認すると、ムナックはゆっくり頭を動かし、後ろを振り向く。そこには既に魔道士の姿はなかった。恐らく彼も既に帰還したのだろう。
既に死んでいる自分たちが使ったら、どこへ帰るのだろうか。
そんなことを考えながら、ムナックは次第にその視界が暗く狭くなってゆくのを感じた。すぐ近くの壁面にあるはずの松明の光がやけに遠くに感じる。
ああ、そうか。この肉体、もうだめなんだ。次第にうつろになりゆく視界の中で、何か世界の真理のようなものを悟りながら、ゆっくりとボンゴンの身体の上へと崩れ落ちる。

――そして再び洞窟に、静寂が訪れた。

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