「ねぇ秘書ちゃん。
知ってる?
シルバニアってつい十年ほど前まで独自の国歌がなかったのよ。」
「え?そうなんですか?」
「もともとシルバニアってブランドブレイの一領土だったでしょ?
それも独立はブランドブレイ国王の死去という
未曾有の事態で決まったことだから、そのあたりは後回しになっちゃってたのよ。」
「へぇ……。」
「だから、それまで式典で演奏されていたのは
かつての宗主国で隣国ブランドブレイの国歌だったんだけど、
十年ほど前にやっとシルバニア独自の国歌が制定されたのよ。」
「へぇ。そうだったんですか。」
「でも今の国歌も、曲自体は遠い遠い昔から伝わるものなんだって☆
本当の歌詞は誰一人して覚えていなかったけど、
そのメロディーだけは誰もが覚えて、伝え続けてきたの。」
「……誰も歌詞を覚えていないっていうのも妙な話ですよね。」
「確かにねー。
音楽っていうのは言語中枢とは関係ないところで記憶されるけど、
それにしても一人ぐらい覚えていてもいいのにねぇ……。」
「でも、それはシルバニアだけじゃないの。
それまで演奏されてたブランドブレイの国歌も同じように、
実は本来の歌詞が失われた曲なの。」
「え……。」
「ラファエル王国時代、あるいはもっと昔から伝わる曲なんだけど、
不可解なことに、こちらも誰もがその歌詞を忘れてしまっていたの。
だけど、哀愁を含んだそのメロディーだけは……。」
「記憶に深く、刻まれていたんですね。」
「さっすがー、秘書ちゃん察しがいいー☆
ね、ね、ロマンチックだと思わない?
例え人間は言葉を失っても、曲だけは忘れないっていう証拠よねー☆」
「は、はぁ。それで、肝心の歌詞はどうなったんです?」
「結局、それぞれの国で新たに一から付け直しすることにしたのよ。」
「え、それぞれの国?」
「そう。ブランドブレイ王国、エルメキア礼法国、アルゲンタイン帝国、
この三つの国はラファエル王国時代によく口ずさまれた
同じ曲を国歌として採用したわけ。それぞれ違う歌詞でね。」
「へぇ……。」
「あ、そうそう。
アルゲンタインだけは179年のクーデターで国家体制が代わってるから、
その時に国歌も新しく作り直したんだっけ。」
「あれ、そうなんですか。」
「一部では『銀狼賛歌』とも言われてるの。
……もっとも、銀狼帝の死後作られた歌だから、
レイン本人が望んでいたかどうかは分からないけれどねー。」
(歌詞の失われたいくつもの曲、か……。)
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