Forbidden Palace Library #10 舞え軽やかに


王都シルバニア
繁華街

お祭りが近いとあって、街は普段よりも多くの人で溢れている。
本来なら街路樹の前後2メートル以内に出店が規制されているはずの露店も、
この時期ばかりは多少越えていてもお咎めはないようだ。

それもそのはず。
本来なら監視する側の王立軍の兵士達も、お祭りに浮かれているのだから。

昼時が近づいたためだろうか、朝よりもいっそう混雑してきた感がある。



ユリア 「ねぇ秘書ちゃん。
 知ってる?
 シルバニアってつい十年ほど前まで独自の国歌がなかったのよ。」

「え?そうなんですか?」

ユリア 「もともとシルバニアってブランドブレイの一領土だったでしょ?
 それも独立はブランドブレイ国王の死去という
 未曾有の事態で決まったことだから、そのあたりは後回しになっちゃってたのよ。」

「へぇ……。」

ユリア 「だから、それまで式典で演奏されていたのは
 かつての宗主国で隣国ブランドブレイの国歌だったんだけど、
 十年ほど前にやっとシルバニア独自の国歌が制定されたのよ。」

「へぇ。そうだったんですか。」

ユリア 「でも今の国歌も、曲自体は遠い遠い昔から伝わるものなんだって☆
 本当の歌詞は誰一人して覚えていなかったけど、
 そのメロディーだけは誰もが覚えて、伝え続けてきたの。」

「……誰も歌詞を覚えていないっていうのも妙な話ですよね。」

ユリア 「確かにねー。
 音楽っていうのは言語中枢とは関係ないところで記憶されるけど、
 それにしても一人ぐらい覚えていてもいいのにねぇ……。」

ユリア 「でも、それはシルバニアだけじゃないの。
 それまで演奏されてたブランドブレイの国歌も同じように、
 実は本来の歌詞が失われた曲なの。」

「え……。」

ユリア 「ラファエル王国時代、あるいはもっと昔から伝わる曲なんだけど、
 不可解なことに、こちらも誰もがその歌詞を忘れてしまっていたの。
 だけど、哀愁を含んだそのメロディーだけは……。」

「記憶に深く、刻まれていたんですね。」

ユリア 「さっすがー、秘書ちゃん察しがいいー☆
 ね、ね、ロマンチックだと思わない?
 例え人間は言葉を失っても、曲だけは忘れないっていう証拠よねー☆」

「は、はぁ。それで、肝心の歌詞はどうなったんです?」

ユリア 「結局、それぞれの国で新たに一から付け直しすることにしたのよ。」

「え、それぞれの国?」

ユリア 「そう。ブランドブレイ王国、エルメキア礼法国、アルゲンタイン帝国、
 この三つの国はラファエル王国時代によく口ずさまれた
 同じ曲を国歌として採用したわけ。それぞれ違う歌詞でね。」

「へぇ……。」

ユリア 「あ、そうそう。
 アルゲンタインだけは179年のクーデターで国家体制が代わってるから、
 その時に国歌も新しく作り直したんだっけ。」

「あれ、そうなんですか。」

ユリア 「一部では『銀狼賛歌』とも言われてるの。
 ……もっとも、銀狼帝の死後作られた歌だから、
 レイン本人が望んでいたかどうかは分からないけれどねー。」

(歌詞の失われたいくつもの曲、か……。)



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